From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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西村隆さん

西村隆さん

 某ラグジュアリーウォッチ・ブランド ブランド・ディレクター

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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ラグジュアリーウォッチ・ブランド・ディレクターの西村隆さんのご登場です。ブランド・ディレクターというのは、欧州風の言葉で、実際には“日本のトップ”ということになります。若干40歳でこのポジションに就かれたというのは、業界でも異例の若さだと思います。

 

「ニッシーは、当時から優秀だった。そしていつも上を目指していた・・」と上から目線でモノ申しているのは、何を隠そう私のヨメです。西村さんと愚妻はイタリアの老舗ブランド、エルメネジルド ゼニアにて同僚で、いつも昼食をともにしていた“ラン友”だったそうです。

「お洒落な人が多かったゼニアの中でも、彼は一際こだわっていた」とも。

メンズ・ラグジュアリー業界には、ゼニア出身の方が多く、独自のネットワークを持っています。通称“Z会”。何がどこからバレるかわからないのが、この業界のコワさです。

 

「大学を出て、初めて入社したのがゼニアだったのです。最初はショップの販売員でした」

そして銀座店の名物店長、林博文さん(現ダンヒル銀座店)の下へ就かれます。

「林さんには、いろいろと教えて頂きました。どうやったらモノを売ることが出来るのか、イチから勉強をさせて頂きました。例えば、ゼニアのシャツの袖丈は長いのですが、お客様に『お客様にはシャツの袖が長すぎますから、お直しをさせて頂きます』と言ったら、結局買ってもらえなかった。自分には合わないモノだと思われたのでしょう。林さんにこの話をすると、『もしも“当店のシャツの袖は、さまざまな方に合うよう長めに作ってありますから、必ずお直しが必要なのです”と言っていたら、違っていたかもね』と教えてくれました。まさに目からウロコの思いでした」

う〜む、深い〜話ですねぇ。この時代の経験が、ブランド代表になった今も、大きな糧になっているそうです。

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スーツはダンヒルのオーダーメイド。

「英国風のピークトラペル、1つボタン、チェンジポケット付きが私の基本スタイルです」

シャツもダンヒル。よく見ると、ターンナップ・カフです。

 

ネクタイはステファノ・ビジ。

「タイの9割はソリッドですね。私は気に入ると同じアイテムを2つ3つと買ってしまうのです。紺のニットタイは同じモノを3本持っていますし、シャツや靴も同様です。いつも同じ格好をしていると思われているかも知れませんが、実は違うのです(笑)」

いつもこのブログで言っていることですが、お洒落な人ほど、こうですよね。

 

メガネは999.9(フォーナインズ)

 

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時計は、ブランパンのクラシック・ライン“ヴィルレ”。モノプッシャーのクロノグラフ、コンプリート・カレンダー、ムーンフェイズ付きという素敵な一本。蛇行したサーペント針とムーンフェイズの“顔”が、味があって実にいい。

「“世界最古の時計ブランド”というバリューは、かけがえのないものです。すべての時計を、自社一貫生産で作るクオリティは素晴らしい。スイスの工房の職人たちは、ものすごく複雑な作業を、ものすごく長い間、ものすごく正確に行なっている。自分だったら、すぐに気が狂ってしまうでしょう(笑)」

 

シューズは、クロケット&ジョーンズ。他にクレバリーやグリーンもお好みで、やはり同じモノを(色まで同じ)数足持っているそうです。

「エラスティックを使ったローファーやブーツが好きで、先日もノーザンプトンへ行く友人に、サイドゴア・ブーツの買い物を頼んだら、『サイドゴア屋でもやるんですか?』と笑われました」

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さて西村さんは、ゼニアのス・ミズーラ部を経た後、ダンヒルにも在籍されていました。まさにメンズ・ファッションの王道を歩まれて来た方です。

「ゼニア、ダンヒルを通じて、ずっとオーダーメイドに関わっていました。ですから、スーツやジャケットは、オーダー品でなければ満足できません。細かいところが気になるのです」

自らも大勢の人の採寸をしてきた西村さんは、ちょっとしたポイントでスーツ姿の印象は大きく変わるといいます。

「私はずっとサッカーをやっていたので、お尻が大きい。それを隠すために、サイドベンツの長さを普通より4cmも長くしています。またふくらはぎも太いので、膝から裾までのパンツ幅をほぼ同じとし、すっきりと見せるようにしています。裾幅は22cmくらいでしょうか。そういうところが、気になって仕方ないのです」

 

ス・ミズーラのプロモーターになってからは、ショップ・スタッフの教育もご担当されました。

「電車に乗ったら、周りにいるサラリーマンをよく観察して“ああやったらいい、こうやったらいい”といろいろ考えろと教えました。例えば、吊り革に掴まっていて、身頃が大きく上がってしまっていたら、それはアームホールが大きすぎるのです」

 

電車の中でいやにスーツ姿の男性を凝視している人がいたら、それは西村さんの教え子かも知れませんね。「出世する人ほど、下積みを大切にしている」という世の中の真実を、体現しているような方でした。

 

※当ブログは、B.R.ONLINEでも御覧いただけます!

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小林裕さん

小林裕さん

 トレメッツォ、PT-JAPAN代表取締役

text kentaro mastuo  photography tatsuya ozawa

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タリアトーレ、PT01、バグッタなどの輸入を手がけられている小林裕さんのご登場です。たったひとりで独立されたのは2005年のこと。以来14年の間で、会社の規模は何十倍にも膨れ上がり、今や最も成功したインポーターのひとつと言われるまでになりました。さぞや商才に長けていると思いきや・・

「初めてピッティに行ったときは、いい服がいっぱいあって、何を買ったらいいのか、まるでわかりませんでした」そうです。

 

「今まで、お金を儲けてやろうと思ったことは一度もありません。というか、『これは売れそうだ・・』と思って仕入れると、必ず失敗するのです(笑)。大事なのは、自分が心からいいと思えるスタイル、モノを見つけることでした」

当時は大勢のお客さんに助けてもらったとか。

「私ひとりしかいなかったので、私が事務所を空けているときは、お客さんが勝手にオーダーシートに書き込んで、電話番までしてくれました」というから、周りからよほど愛されていたのですね。

「その期待に応えるためにも、早くいいモノを見つけようと必死でした・・」

 

こうして見つけた“いいモノ”がこちらです。

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 ジャケットとタイは、タリアトーレ。

「タリアトーレは、着る人を若々しく見せる服ですね。ずばり“モテる服”と言ってもいい。ここの服を着ると、皆ちょっと表情が変わるのです(笑)」

 

シャツはバグッタ。

パンツはPT01。最新の“ジェントルマンズ・フィット”と呼ばれるモデル。

サングラスは、オリバーピープルズ。

 

時計はパテック フィリップのノーチラス5712。最近びっくりするくらいのプレミアムがついているモデルです。

 

シューズは、ジョン ロブの“エドワード”。スマートなシルエットが素敵です。

「このモデルが好きで、色違い、素材違いで何足か持っています」

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タリアトーレ及びPT01は、芸能界一お洒落だと言われる、あの堺正章さんが愛用しているブランドとして知られています。

「タリアトーレは、毎シーズン、15着ほどオーダーを頂いています。堺さんクラスになれば、もちろん最高級サルトの服だって買えるでしょう。しかし、頂点を極めると、そこで止まってしまう恐れがある。その点、タリアトーレの服は、基本はクラシックですが、常にアップデートされている。丈も短いし、シルエットもタイトです」

 

いつも堺さん、小林さん、そしてスタイリストの小川カズさん、三人でにらめっこしながら、次のシーズンの服を決めているとか。

「十代の頃からステージに立ち続けている堺さんは、自分がどう見られるかを知り尽くしている人。長い間、第一線でご活躍なさっているのは、常に新鮮であることを心がけていらっしゃるからでしょう。それがタリアトーレとPTを選んで頂いている理由なのだと思います。本当に光栄なことです」

 

そんな堺さんからは、クラシックカーの楽しみ方も教えて頂いたそうです。

「クルマは大好きでしたが、昔のクルマは、自分にはちょっと敷居が高いと思っていました。しかし堺さんに、『いいから、一緒に楽しもうよ!』と言われてやってみると、これがもう病みつきで・・いい大人が、子供みたいにはしゃいでいる。還暦を過ぎて始めたのですが、『60歳なんて、まだまだこれからだよ』と言われる世界なのです。そうやって年配の人に叱られることって、もうあまりない。嬉しいじゃないですか・・」

 

現在のお気に入りは1957年型 アルファロメオ ジュリエッタ スパイダー。イタリア製の真っ赤なオープンカーです。

「こういうクルマを見ていると、つくづくイタリア人はスゴイと思います。60年も前に、こんなに面白いスポーツカーを発売していたなんて・・。当時の日本でもいいクルマは作っていましたが、あくまでも移動手段の一環でした。しかしイタリアではこの時代から“どう楽しむか”、“どう自己表現するのか”ということに、こだわっていたのです。それは、タリアトーレやPTの服作りにも言えることですね」

 

一番大事なのは「スタイルを持つこと」と再三おっしゃる小林さん。そのスタイルは、確固たるものでした。

 

 

※今回からB.R.ONLINEでも御覧いただけるようになりました!

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中尾浩規さん

中尾浩規さん

 ユナイテッドアローズ メーカー開発担当

text kentaro matsuo  photogaphy tatsuya ozawa

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「本来、私は表に出ては、いけない人間なのです」

中尾浩規さんが、開口一番おっしゃったのは、こんなセリフでした。

 

最近のセレクトショップは、その業務が多様化し、一昔前では考えられなかったようなビジネスを展開しています。例えば、ビームスが海外通販のMR.PORTERとコラボしていたり、伊勢丹メンズにオンラインショップB.R.SHOPのポップアップ・ショップが出来たり・・

中尾さんがご担当なさっているのも、そんな新しいかたちのビジネスです。

「私はユナイテッドアローズに所属していますが、お相手しているのは、ビームス、シップス、トゥモローランド、伊勢丹などの方々です」

 

なんとユナイテッドアローズは、小売り業だけでなく、海外ブランドのエージェント業もやっているのです。カルーゾ、フィオリオ、エリコ フォルミコラ、サルヴァトーレ ピッコロなどの人気ブランドは、UAがエージェントとして、日本の窓口を務めており、国内の他ショップへ卸しています。

「バイヤーとして一番手強いのは、ビームスの中村さんですね(笑)。彼と商売出来れば、世界中どこへ行っても通用するでしょう」

同じ会社の同僚である栗野さんや鴨志田さんとも、エージェント対バイヤーの関係です。

「栗野さんも厳しい。他にはない独特の視点から物事を見る人です。鴨志田とはカモシタユナイテッドアローズを、海外に売り込むお手伝いをしています」

う〜む、なかなか理解するのが難しいポジションですね。さすがに自社のスタッフを語る時は、本人も少々混乱しているようで、“さん”が付いたり付かなかったり・・私の知る限り、中尾さんのようなポジションの方は、他にはいないのではないでしょうか?

「まるでコウモリのような存在です(笑)」

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コットン×リネン×シルクのスーツは、カルーゾ。

「カルーゾは、主張しすぎないところが好きですね。イタリアのブランドですが、フランスの特にウィメンズ・メゾンの服を多く作っているファクトリーということもあって、少し中性的なモノ作りができるところも特徴です」

先代のウンベルト・アンジェローニさんは、業界を代表する紳士でしたが、現在の経営はやはり高身長のハンサムガイ、息子のマルコさんに引き継がれています。

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 シャツは、エリコ フォルミコラ。

「創業者のエリコは、往年のナポリの名店、ロンドンハウスの販売員を振り出しに、世界中を回った叩き上げの人です」

 

タイは、フィオリオ。親会社のカネパ社はイタリアを拠点とするニットタイの名門で、世界のシェアの6割を抑えているとか。

「ニットタイのアーカイブは圧巻です。これは、かつてトム・フォードがアレンジした柄をベースにしたものなんですよ」

 

シューズは、ソロヴィエール。フランス人の女性デザイナー、アレクシア・オーベール氏が手掛けるブランドで、バレエシューズのようなソフトな質感と、折畳み紐でまとめただけのベロ部分が特徴です。

 

コーディネイトのポイントは? との問いには、

「表に出てはいけない人間なので、色柄はなし。無地でまとめました」と。

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 イタリア人には、よく“オンブラ・カッティーヴァ”と言われるそうです。

「直訳すると“影のイジワルなヤツ”という意味です(笑)。私の仕事は人の行かない時期に、人の行かないところへ行って、人が知らないものを見つけることなのです」

 

なんだか、すごく面白そうな仕事のように聞こえます。世界を舞台にした、宝探しのような・・。その強力な武器となるのが、堪能な語学力です。中尾さんは、なんと英仏伊そして日と4カ国語を話せるクアトロリンガルです。

「英語は大学時代のアメフト部にいたアメリカ人の友人から、フランス語は2年間のパリ留学で、イタリア語は仕事をしながら覚えました」

もはや天才ですね・・。語学ができると、いいことがいっぱいありそうです。

「例えばエールフランスに乗っていてCAにワインを頼んでも、英語だと『レッド・オア・ホワイト?』で終わりですが、フランス語でオーダーすると、詳しいワインリストを教えてくれることもあるんですよ」

ああ、なんとなく、そんなことだろうと思っていました・・(羨)

中尾さんのような国際派ファッショニスタが、日本にもっと増えるといいですね!

 

 

 

 

石見豪さん

石見豪さん

 THE WAY THINGS GOオーナー、シューシャイナー、カラリスト

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シューシャイナーの石見豪さんのご登場です。2018年に開かれた第1回靴磨き日本選手権にて見事優勝され、日本一の靴磨き職人として表彰されました。その後はテレビや雑誌に引っ張り凧となり、『マツコ&有吉のかりそめ天国』や『ゲンバビト』など多くの人気番組に出演されたので、ご存知の方も多いと思います。道を歩いていると、「あ、この間テレビに出ていた人!」と声をかけられることも増えたとか。

 

「日本一になってよかったと思うことは、会いたかった人に会えること」

先日は、なんと安倍総理大臣に直接会って、本人の靴を磨いてきたそうです。すごいですね!(ちなみに総理の愛用靴はエドワード・グリーンだったとか)

 

「靴磨き選手権で勝つにはどうしたらいいか、真剣に考えました。たった20分の持ち時間で一足の靴を仕上げなければならなかったため、他の出場者はツヤ出しに専念するだろうと読みました。そこで私はクリーニングからポリッシングまで、すべてをやり遂げ、かつ他の人に負けないほどピカピカにすることを目指しました。そのために何度も練習して、本番に臨んだのです」

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決勝戦の動画は、こちらにて御覧になれます。

工程が多いにもかかわらず、石見さんの動きは、ライバル二人に比べると、ゆったりとエレガントに見えます。

 

「靴磨きは、仕上がりはもちろん、その“所作”がとても大事なのです。例えば指に布を巻く時も、前からなのか、後ろからなのか・・どうすれば美しく見えるか、自分の姿をビデオに撮って、動作を研究しました」

 

目標を立て、それに向かって、ひとつひとつ課題をクリアしていくことが得意だと語ります。そういった戦略的なやり方は、ある驚くべき経験から生み出されたものなのですが、その話は後ほど・・

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スーツは、ヴィンテージのH.レッサーで仕立てられたTHE WAY THINGS GOのオリジナル。アカミネロイヤルラインやカモシタなどと同じファクトリーにオーダーしたもので、TWTGのユニフォームとなっています。

「本当に欲しいスーツは、100万円くらいします。しかし手が出る範囲だと、なかなかしっくり来るモノがなかった。それならば自分で作ってしまった方が早いかな、と。肩周りはフルハンドで、靴磨きをする際に腕が動かしやすいよう工夫してあります。もちろん日常生活でも快適です。ラペルの幅やハイウエストでインタックのパンツなど、細かいところまでこだわりました」

着用していると、同じモノが欲しいというお客さんが引きも切らず、近々商品化するそうです。

 

タイはドレイクス、シャツはギ・ローバー、チーフはロダ。

「3年前に大阪店をオープンした時に頂いたものです。今回、東京店をオープンするにあたり、再び身に着けてみました」

東京店の場所は、なんとユニオンワークス渋谷店のあったところ。運営を引継ぎ、TWTG×UNION WORKSとして開店しています。靴ファンの聖地です。

 

メガネは、バーレー・ネルソン。オーストラリアのメガネ・ブランドで、日本にはまだ入って来ていないそうです。豪州へ行かれる方はお土産にぜひ。

 

そしてシューズは、イタリアのリッカルド・フレッチャ・ベステッティのビスポーク。かつてはTWTGでもトランクショーを行いましたが、「トラブルが多すぎて、止めた」そうです。

「それでもこのモデルは、40足はご購入いただきましたよ」

ナチュラルかつ透明感のある仕上がりは、流石です。

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さてここから、石見さんの驚くべき半生を開陳しましょう。

「父を早くに亡くしたので、母は三人の子供たちを養うため、必死に働いていました。しかし私が18歳のときに、4000万円もの借金を背負わされてしまうのです。当時私はミュージシャンを夢見ており、一日にギターを13時間も弾いているような少年でした。当時の仲間には、フジロックに2回出場したような人もいます。しかし家族の中で働けるのが私だけだったため、夢を諦め、就職することにしたのです」

 

そして飛び込んだのが、英会話教材を売る仕事。道端でいきなり人に声をかけてアンケートを取り、後日電話をかけてセールスをするのです。

「朝6時半に出社して、夜1時まで働きました。一日1000人に声をかけても、アンケートが取れるのはせいぜい50人程度。完全歩合制だったので、どうしたら立ち止まってもらえるのか、どうやったらうまくプレゼンできるのか、必死で考えました。自分の笑顔を録画して、研究したのもこの頃です」

どんな世界にもコツがある、との言葉通り、何回もトライアンドエラーを重ねるうちに成績が伸びて、10年後には、ついに借金を完済できたそうです。

 

「ところがお金を返し終わったら、突然目的を失ってしまい、いわゆる“燃え尽き症候群”になってしまったのです。もう何もする気が起きず、会社も辞めてしまいました。まったく違う業種で独立しようかな、などとぼんやり考えていました」

 

そこでふと目に留ったのが、近所に靴磨き専門店が開店したとのニュース。

「家から歩いて3分ほどのところだったので、ちょっと行ってみようかなと思い、オールデンの9901を片手に訪ねてみました。生意気ですが、さらに拘ったサービス提供が自分なら出来ると思い立ち、路上で靴磨きを始めました」

 

路上セールスに慣れた石見さんにとって、路上靴磨きなど“へ”でもなかったでしょう。

「私の靴磨きは全くの独学です。さまざまな専門店へ行って、やり方を見て『このタイミングで水をつける』とか、秒単位、グラム単位でメモを取り、試行錯誤を続けました」

その後出張専門になり、さらに店もオープンさせ、3年間で2万足を受注する大ヒットへと繋がります。

 

「セールスの経験はタイへンでしたが、私に目標を設定し、それに向かってきちんと計画を立て、ひとつひとつ遂行することの大切さを教えてくれました。それは今でも大いに役立っていると思います。それに私には、職人気質な“極めグセ”があり、何でも“できるまでやる”ことが好きなのです」

 

う〜む、やはり日本一になる人は違いますねぇ。

 

そんな石見さんに、今後の夢を伺うと、驚きの答えが。

「たこ焼き屋をやりたいと思っているのです。大阪生まれの私は“粉モノ”が大好きなのですが、東京のたこ焼きはイマイチです。私が“炎タコ”(大阪人愛用の家庭用強力たこ焼き器)で焼いたもののほうが絶対ウマい。もちろんすべて秒単位、グラム単位で調理します(笑)」

 

「目標は5年後のオープン」と仰っていましたが、こちらも大ヒット間違いなしだと思います!

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TWTG×UNION WORKS

東京都渋谷区桜丘町22-20
シャトーポレール渋谷B1-1
TEL:03-5458-2484 FAX:03-3770-0917
営業時間:12:00~20:00 水曜定休日

https://www.twtgshoeshine.com/

齋藤秀明さん 

齋藤秀明さん 

 齋藤服飾研究所 パーソナルテーラー&スタイリスト

 text kentaro matsuo photography tatsuya ozawa

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浅草橋の線路脇にひっそりと佇む、築50年の古いビル。エレベーターはなく、あるのは狭い階段のみ。その段々を、むき出しの配管や剝げた壁の塗装を横目に5階まで上ると、表札もなく“5”とだけ書かれた怪しげなドアが・・・

 

こんなドラマ『探偵物語』に出て来そうなロケーションに位置するのが、今回ご登場の齋藤秀明さんのアトリエです。今年3月にオープンしたばかり。扉を開けると、実にセンスのいい空間が広がっています。

「ここはもともと外国人が居住していたアパートだったのです。その名残りで、キッチンやシャワーもあります。お客さんに、自分の家に遊びに来てもらうような感覚で来店して欲しかった。だからこの場所に店を開きました。英国には、よくジェントルマンズ・クラブなどが入っているビルの上に“屋根裏テーラー”とでもいうべき店があります。看板も出さず、お得意様だけを相手にやっている。そんな雰囲気が好きだったのです」

浅草橋というのは問屋街で、生地卸はたくさんあるのですが、小売りは珍しい。

「生地が好きで、昔からこの街にはよく出入りしていました。鍵を預けてある生地屋さんがあるので、いい生地が入ると、勝手に置いて行ってくれるんです。下町はいいですね(笑)。周りにはとんかつや天ぷら、ちゃんこなど、美味しい店もたくさんあります。青山や銀座とは大違いです」

そう、齋藤さんはもともと、グローブ トロッターやハケット ロンドンなど、いまをときめく英国ブランドに長らく携わっておられました。

「影響を受けたのは、ジェレミー・ハケットさんです。ブリティッシュ独特の華やかな感じが好きですね」

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スーツは、前職はケットロンドンのMade to Measure。

「フォックス ブラザーズのフランネルを使いました。こういった強めのストライプを、もっと日本の方に着て頂きたいと思っています」

ピークトラペル、ひとつボタン、ターンナップ・カフなど、ブリティッシュ・ライクな“濃いめ”のディテールが堪りません。

 

タイは、ターンブル&アッサー。

トーマス・メイソンの生地を使ったシャツは、HIDEAKI SAITO。

 

ちなみにこのヒデアキ・サイトウというブランド名ですが、ヒデアキ・サトウ(=ペコラ佐藤)と一字違い。

「本名だから、仕方ないんですが・・(笑)」

 

タイバーは、亡くなった親友テーラーから生前譲りうけたもの。

「この店舗を見つけてくれたのも彼でした。オープンにあたっていろいろと便宜をはかってもらいました。しかし、残念なことに今年の夏、交通事故で亡くなってしまったのです。この場所にこだわったのは、彼の遺志を継ごうという思いもあるのです」

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時計はオメガ シーマスター。お父上から譲り受けたものだとか。

「私の父は、旅行会社JTBに務めていました。ロス、ソウル、バルセロナと、オリンピックがあるたびに、長く海外へ赴任していました。今とは違って目立ったライバルもおらず、花形職業だったのだと思います。そして帰国する度に、お土産を買って来てくれました。LLビーンのトート、リーバイス501、そしてグローブトロッターなどなど・・。私のファッションのルーツは、間違いなく父にあります」

現在では、齋藤さんご自身にも、3歳と8歳になる息子さんがおりますが、父親譲りで、バーブァーやインバーアラン、グローバーオール、そしてグローブ トロッターなど、さまざまなモノを買い与えているとか。私が、

「それにしても3歳でトロッターのトランク持っているって、スゴイですよね(笑)」と言うと、苦笑されることしきりでした。

 

マリッジ&ピンキーリングは芦屋の女性デザイナー、安達真弓さんが主宰するCURIO(キュリオ)。かつて務めていた吉祥寺ラウンダバウト時代からのお付き合いだそうです。

 

 シューズは、泣く子も黙る、ジョージ・クレバリー。

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さて驚いた事に齋藤さんは、大学は獣医学部に学ばれ、卒業後は外資系製薬会社に就職され、MR(医薬情報担当)として、抗ガン剤を研究されていたそうです。

「30歳になるまで、全然違う分野の仕事をしていました。それでも大好きなファッションが忘れられなかったのです。当時は白衣のウエストを、自ら削っていたりしていましたね。服飾の世界に移ってからは、反対に、グローブ トロッターの修理に、注射器や手術用の針を使ったこともあります(笑)」

 

浅草橋の片隅に潜む“隠れ家”に通うのは、ちょっとした秘密を持つようで、お洒落にばかりに、かまけていられない人にこそ、おすすめしたい道楽ですね。

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齋藤服飾研究所
東京都台東区浅草橋4丁目5−4
斎丸浅草橋ビル5F
hideaki.saito86@gmail.com

 

ティエリー・オリエさん

 ジェイエムウエストン プレジデント&チェアーマン

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 ジェイエムウエストンは、25年前に日本に上陸して以来、私がずっと大好きなシューズ・ブランドです。思うに、ジェイエムウエストンって、初めて日本に入って来た本格靴だと思うのです。もちろんそれ以前にも、単品でのインポートシューズはありましたが、本場そのままの店がそのままやって来たのは、ジェイエムウエストン青山店が初めてだったように思います。まるで映画でしか知らなかったフランスの女優さんが、いきなり目の前に現れた感じ・・。オリジナルの靴クリームの香りさえ麗しく、何度もクンクンしたのを覚えています。

 

それから四半世紀が経ち、ジェイエムウエストンとしては東京で二番目の路面店が、丸の内にオープンしました。それを祝して、本国フランスからインターナショナルのプレジデントが来日されたため、さっそくインタビューをお願いすることにしたのです。

(実は私は仏文科出身なのですが、まったくフランス語が話せないため、通訳の方を介しての会話となりました。一体あの4年間は、何だったのだろう?)

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 ファッションの国、フランスからいらしただけあって、とてもお洒落なプレジデントです。

「フランス人のファッションは、ちょっと特別なのです。イタリアと比べるとクラシックで伝統的なものを好みますが、英国ほどかっちりしていない・・そして大切なのは、“ノン・シャラン”ということですね」

 

このノン・シャランというやつ、“無頓着な、なげやりな”といった意味で、フランス流のお洒落の極意とされています。その好例はセルジュ・ゲンズブールで、ファッションなんて興味がないよ、という顔をしていながら、実はすべてが計算されているという・・これはなんだかジェイエムウエストンの靴にも通じるような気がします。

 

「最近ではフランスのブランドでも、イタリアに靴の生産を委託することが多いのですが、イタリアの靴はどうしてもカタチで遊びがちです。最終的には、フランスの伝統的なスタイルに、戻ってくることが多いですね」

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ジャケットはザ・ジジ。ボリオリの元オーナー兄弟が設立した、イタリアのブランドです。

「実は日本のセレクトショップのオリジナルも好きですね。丸の内のトゥモローランドで限定モノを見つけると、ついつい買ってしまいます」

 

シャツはアラン フィガレ。パリの高級シャツ・メーカーで、実はジェイエムウエストンとは同じグループです。

 

ジーンズはアクネ ストゥディオズ。スウェーデン発のファッション・ブランドです。

 

スカーフは、クリムゾンというパリのセレクトショップで買ったもの。

「スカーフは大好きでいつも身につけています。とてもたくさん持っていますよ」

 

カフリンクスは、

「今回の旅行で忘れてしまって、友人から借りた」もの。

 

スカーフやカフスをコーディネイトに取り入れるところが、実にフランス風です。

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 靴はもちろん、ジェイエムウエストン。アーティスティック・イメージ&カルチャー・ディレクター、オリヴィエ・サイヤールが、ブランドのアイコンであるローファーをモディファイした新作です。

「オリヴィエは、ウエストンのアーカイブを見ながら、『何をつくろうか?』と考えていました。そしてある日、20世紀の初めに使われたインクの吸い取り紙を見つけたのです。これをモチーフにしたのが、新しいコレクション、パピエ(仏語で”紙”の意)です。インクのシミのような模様が、面白いでしょう?」

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 今回の日本への出張では、写真の4足の靴を持って来ってきたそうです。

「これだけあれば、どんなシーンにも対応できます。特に気に入っているのは、サイドゴア・ブーツです。大きな一枚革で出来ていて、原皮からのカットが難しい。それから甲の部分の美しいカーブを見て下さい。濡らした状態の革を48時間かけて木型で伸ばしたもので、決して型くずれしないのです。これはもう何年も履いているんですよ」

靴の話になると、止まらなくなります。

 

「ウエストンに入社する前から、靴というものが大好きでした。現在、約50足の靴を持っていますが、すべて自分で磨きます。週末にまとめてね。一週間に8足のペースかな・・。小一時間はかかりますが、まぁ趣味ですから(笑)。靴を磨くのは、とても楽しい。靴と対話している気分になります。靴の善し悪しを知るのに、これ以上の方法はありません」

と靴への愛を語ります。

 

「ワックスよりは、クリームを主に使います。あまりピカピカさせるのは、好きではないのです。そのほうが、かえって革のよさが引き立つと思います」

そうなんですよね。ジェイエムウエストンの靴は、ちょっとマットな感じに仕上げた方が、カッコいい。これがフランス流の“ノン・シャラン”な足元というわけです。

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ジェイエムウエストン丸の内

東京都千代田区丸の内3-2-3 二重橋スクエア 1F

http://jmweston.com

 

 

河村浩三さん

河村浩三さん

 NOMADE代表取締役

text kentaro matsuo  photogaphy tatsuya ozawa

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シンガポールにてセレクトショップ、コロニークロージングを営まれる河村浩三さんのご登場です。最近は東京・白金にもショールームをオープンされ、シンガポールと東京を忙しく行き来されています。オリジナル・ブランド、コロニークロージングの他、ジャケットのザッコや、ストリート系のサンパース、レディスの水着まで、幅広く扱われています。

 

私自身、シンガポールという街には、とても興味があります。なにしろ、ウチの雑誌、THE RAKEが生まれた国ですから。どうして、あんな常夏の国で、テーラード・スーツばかり出てくる本が生まれたんだろう? といつも不思議に思っていました。

 

「実はシンガポールの人は、あまりジャケットを着ません。一部のお洒落な人たちだけですね。同じ熱帯でも、バンコクの人の方がジャケットを着る人が多いと思います。アジアでも国によって、いろいろ習慣が違いますね」

 

河村さんは、いつもジャケットを着ているのですか? との問いには、

「はい、私はスーツかジャケットを着ていることが多いです。シンガポールはドア・ツー・ドアで動くことが多いので、暑い屋外にいるということがないのです。通勤にはグラブ・タクシーを使っています。逆に日本の夏の方が大変ですね。もう汗だくになります」

 

タクシー通勤とは優雅ですね、というと

「シンガポールのタクシーは安いのです。逆にクルマが高い。先日社用車としてハイエースを購入しようと思いましたが、なんと日本円で1千万円以上もして、買いませんでした(笑)。向こうでポルシェやフェラーリに乗っている人は、本物のお金持ちです」

 

日本とは、いろいろなものの価値観が違うようです。

「例えば、シンガポール人は、家でお手伝いさんを雇っている人が多い。自分で食事を作ったり、掃除をしたりといったことはあまりしません。ウチのショップの女性スタッフの家にも、お手伝いさんがいます。ですから日本人の働くお母さんは大変だな、と思います」

 

シンガポールといえば、富裕層がたくさんいるイメージがありますが・・

「お金持ちの人はたくさんいます。でも皆退屈なのでは? と私は思います。いつも夏だし、国も小さい。日本のような“行楽”がないのです。プールでのんびりして、土日はバーベキューくらいしかやることがない」

 

うーむ。ますますTHE RAKEと離れていくような・・

「しかし、パーティの文化はあるのです。夜な夜ないろいろなところでチャリテイーなどのパーティが開かれ、タキシードやスーツ姿の人が集まっている。こういうところは日本と違いますね」

 

なるほど、だからTHE RAKEのシンガポール版は、真夏にタキシード特集をやったりしているのですね。

 

「それにTHE RAKEのファウンダーのウェイ・コーさんは、大金持ちですから・・」

そうなのです。実は本国版の総編集長は、スーパーリッチなのです。日本版編集長とは全然違う・・(泣)

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スーツとシャツは、英国サヴィル・ロウ、ファーラン&ハーヴィーのビスポーク。

タイは、アトキンソン。

メガネは、ナッキーメイド。

 

時計は、パテック フィリップのカラトラバ。

「実は取材の日やパーティー以外は、時計はしません。サーフィンやヨガが趣味なので、アクセサリー全般をしないのです」

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シューズは、ジョージ・クレバリーでオーダーしたもの。

 

「足元に注目して下さい。茶色の靴に、黒いソックスを合わせているでしょう。実は私は、ファッションではタブーとされている茶と黒という色の組み合わせが好きなのです。昔のボンド映画で、同じ色合わせを見たことがあります」

よく見ると、ネクタイにも茶と黒が使われています。

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 河村さんは大学を卒業してから、長らくビームスで販売や企画を担当されていました。一番気になるのは、そんな彼がなぜシンガポールでお店を開くことになったのか、ということです。

「実は私の学生時代からの親友が飲食ビジネスで成功をおさめて、その海外1号店がシンガポールだったのです。彼に誘われて何度も訪れているうちに、欧米的なものとアジア的なものとの混ざり方が面白いな、と思い始めました。それに近未来的な街並みにも惹かれました。それ以前から『独立すれば』と言われていて、つい『ここなら、いいかな』と返事をしてしまいました」

 

持つべきものは友ですね。しかし、最初の2年間は、ぜんぜんお客さんが来ませんでした。

「シンガポールにはウィンドウ・ショッピングという習慣がありません。買い物は、クルマで店に乗り付けて、またクルマで帰る。だから放っておいたら、誰も来ない。そこでイベントをして、電話やメールでダイレクトに連絡を取って、少しずつお客様を増やしていきました。まさにわれわれが20年前に日本でやっていたようなことです。洋服のカルチャーは、日本のほうがずっと進んでいます」

 

シンガポール、そしてアジアの国々の魅力は、その若さにあるといいます。

「シンガポールをはじめ、バンコク、フィリピン、ホーチミンなどでクラシック・ファッションが盛り上がっていますが、興味を持っているのは、35歳以下の若い人たちです。デザイナーズものと比べて、クラシックを買うような感覚です。まだまだ“これから”の国ですね。それだけに勢いはあります」

アジアでは今クラシックが盛り上がっており、THE RAKE JAPANでもよく特集しています。河村さんは、その台風の目のような存在ですね。

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 世界中で注目されているザッコのジャケット。シンガポールの会社で、ドイツ人が企画し、イギリス人がパターンを引き、イタリアの工場で作られている。シワにならず、涼しく「日本の夏にこそいい」と河村さんが太鼓判を押すジャケット。型はひとつのみ、色は全12色。¥65,000

矢野博也さん

矢野博也さん

矢野工作所 常務取締役

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金沢を代表するファッショニスタ、矢野博也さんのご登場です。矢野さんは矢野工作所という、精密機械部品を製造する工場を経営なさっています。その技術力は高く、世界中にクライアントを持っているそうです。

「イタリアやフランスをはじめ世界中の紡織工場に製品を納めています。テキスタイルの世界では、織機の緯糸を飛ばすのに水を使うのですが、そのノズルの部品は我が社のものが世界一なのです」

専門的すぎてよくわかりませんが、とにかく、ある特定の分野でスゴイ技術を持っているところが強みなのでしょう。技術大国ニッポンの面目躍如といったところです。

矢野さんは、地元のみならず東京でも、ファッショニスタとして有名で、いつも素晴らしくお洒落な格好をなさっています。しかし、これはあるときのイタリア行きがきっかけだったとか・・・

「今から20年くらい前だったと思いますが、ミラノにあるドルチェ&ガッバーナのストアへ行ったのです。私が『試着させて欲しい』というと、『お前みたいな貧弱な体のヤツに、似合う服はないよ』と冷たく言われたのです。そして試着すらさせてもらえなかった。これはショックでした。そこで、日本へ帰ってから一生懸命トレーニングして、体を作って、翌年もう一度同じ店へ行ったのです。そうしたら同じ店員が私のことをキチンと覚えていて、今度は何でも試着を許してくれたばかりか、普通では手に入らない限定アイテムも売ってくれるようになったのです。それからその店員とは、いい友達になりました(笑)」

えええ、マジですか! 今なら有り得ない話ですね。店員も店員なら、一年後のリベンジを果たした矢野さんも矢野さんですねぇ・・。

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 スーツはアットリーニのス・ミズーラ。オーダーは丸の内のビームスにて。

「ナポリの服が好きなのです。ダルクオーレやスティレ・ラティーノなどもよく着ています。ナポリの服は、基本的に胸板が厚く、体が出来ていないと似合わないと思うのです。だから体を鍛える意欲が湧いて来ますね」

確かにパッドや芯地をとことん省いたナポリ仕立ては、着る人の体型を如実にトレースしてしまう服と言えますね。

 

シャツはルイジ・ボレッリのス・ミズーラ。これも丸の内ビームスにて。

「“齊藤さん”という懇意にしているスタッフがいて、ス・ミズーラは、いつも彼に採寸してもらいます。ミリ単位の違いなのですが、彼のサイジングは完璧なのです」

ビームスさん、さすがです。

 

タイはマリネッラ、チーフはムンガイ。もう気持ちいいほどの、モノトーン・スタイルです。

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ホワイトゴールドの時計は“エドワード ピゲ”。かつてオーデマ ピゲが出していた、角形時計の名品です。

「この時計は父親から譲り受けました。私の父は私同様に時計が好きなのです。私がスイスのオーデマ ピゲの工房へ視察に行くと言ったら、こっそりとこの時計を出して来て、『実は俺も持っているんだ』と言われ、驚いたことがあります」

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シューズは、ステファノ・ベーメル。

鞄はご存知、エルメスの“サック ア デペッシュ”私も20年来、欲しい鞄です(たぶん一生買えそうもないけど)

「2年ほど前に、パリの本店で買いました。実は私はサック ア デペッシュという名前を知らなかったのです。しかしショーウィンドウで見て、なんてスゴい鞄なんだろうと思いました。オーラが出ていましたね。そこで即買いしたのです」

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矢野さんは、とても若々しく見えますが、実はもうお孫さんがいます。

「子供たちが巣立って、孫が生まれました。そして50代半ばにして、ようやくエレガントが追求できる歳になったのかなと思います。40代までは、まだトレンドというものに捕われていた。やれブリティッシュとか、ナントカ。何かしらアピールしようとしていた。今日のコーディネイトは、色柄もなく、まったく普通なのですが、やっとこういう格好が出来るようになりました」

 

なるほど、私が存じ上げている、本当にお洒落な方々は、皆同じようなことを仰いますね。

 

そういう矢野さんのお洒落原体験は、お爺さまだとか。

「祖父はお洒落な人でした。年に2回、必ず家にテーラーを呼んで、スーツを誂えているような人でした。外出するときは、いつもステッキを持って、帽子を被っていたのを覚えています。死に際に入院しているときも、病室に時計屋を呼んで、1本買っていましたね。その時計をしたまま、亡くなってしまいました」

 

矢野さんのような人が“オジイちゃん”だとは信じられませんが、きっと彼のお孫さんも、とびきりお洒落な御祖父に感化されていくのでしょうね。

 

 

太田裕康さん

太田裕康さん

 ユナイテッドアローズ ザ ソブリンハウス ブランドディレクター

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丸の内仲通りにあって、ひと際高級感あふれる品揃え、ザ ソブリンハウスのディレクター、太田裕康さんのご登場です。ザ ソブリンハウスといえば、クラシックの王道的なイメージがありますが・・

「お店のオープンは1997年なのですが、もともとは、ハイ・トレンドを追求するというコンセプトだったのです。ところが当時、トレンドといえば、クラシコ・イタリアがものすごく流行っていて・・それをメインにやっていたら、いつの間にかクラシックな店として認知されてしまいました(笑)。しかし、今でもトレンドをほどよくミックスさせるということは意識しています。昔から、エトロやピオンボのようなブランドを扱ってきましたし、最近ではジル・サンダーも始めました。“モダン×クラシック”がウチのテーマです」

 

今では、ザ ソブリンハウスのすべての商品をコントロールしている太田さん。その装いも、新旧のいいモノが入り混じったスタイルです。

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 ハイゲージ・ニットのアンサンブルは、ザ ソブリンハウスのオリジナル。ご自分で企画をし、定番として毎シーズン店頭に並べられるものだそうです。

「女性の間では当たり前ですが、男性が同じ種類のニットを重ね着することって、ほぼないじゃないですか。しかしやってみると、これが本当に便利なのです。ニット同士を合わせてもいいし、タートルとカーディガンを別々にジャケットに合わせてもいい。着こなしの幅が一気に広がります。寒さ対策としても持ってこい。男性に、ニットのアンサンブルを根付かせたいと思っています」

 

パンツは、神戸の名店コルウでオーダーしたもの。

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時計は、オーデマ ピゲのロイヤル オーク チャンピョンシップ。もともとはニック・ファルドが全英オープンを制したことを記念して作られたモデルで、1980年代に200個限定で発売されました。

「材料にタンタルというレアメタルが使われています。腐食せず、アレルギーフリーの金属です。クオーツなので時刻合わせも必要なく、34mmと小ぶりなのでドレスシャツを身につける際にもジャマになりません。この時計をしていると、お客様から『それ何?』とよく聞かれます。実はユナイテッドアローズでも、ヴィンテージ時計を扱っているのですが、私は同じモデルを、もう何本も売りました(笑)」

太田さんは時計も大好きで、1週間で3本の時計を買ったこともあるとか。

「いま密かに目をつけているのは、1980〜90年代あたりのピアジェです。誰も注目していないので、今ならまだまだ安い」

 

リングは、友人に作ってもらったもの、ブレスは自分でデザインしたもの。

 

タッセル・シューズは、ボードワン アンド ランゲというロンドンのブランド。

「一見華奢なのですが、インソールが3レイヤーになっていて、驚くほど履きやすい。先日もロンドンの街中を20km以上も歩いたのですが、ぜんぜん疲れませんでした。バリエーションも幅広い。この靴は、秋冬シーズンに大ブレイクする予感がします」

10月にはザ ソブリンハウスでオーダー会も予定されています。

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 太田さんがユナイテッドアローズに入社してから、すでに20年以上の月日が経ちました。今では同店を代表するファッショニスタの一人ですが、最初はバイトだったそうです。

「ある日、大先輩の鴨志田さんに『イタリアへ行ってみたい』と打ち明けたら『じゃあ、一緒に行こうぜ!』と二つ返事で連れて行ってもらえることになりました。しかし、旅費は自腹でしたが(笑)。そして出かけた1995年冬のピッティで、衝撃的な体験をしました。皆ごくフツウのものを着ているのに、ものすごくカッコよかった。アレには驚きました」

 

ピッティに集っていたイタリア人に魅せられ、フィレンツェで一番の名店でスーツをオーダーしたそうです。

「有名なリヴェラーノ&リヴェラーノで、洋服をオーダーしました。ところが仮縫いのことをすっかり忘れていた。仕方なく、半年後のピッティも自腹で出かけました。そうしたら、またオーダーしてしまって・・」

気がついたら、お金がまったくなくなっていたそうです。

 

「買い物に関しては、ほとんど病気ですね(笑)。今ではピッティへの渡航費は会社が出してくれるようになりましたが、ショッピング癖は止まりません。特に好きなのはカバンです。カバンの中にカバンを入れて、そのまた中にカバンを入れてしまっていたら、まるでマトリョーシカのようになってしまって・・今では何個持っているのか、見当も付きません(笑)」

 

でも、バイヤーとして、買うことそのものが仕事になったのだから、決して無駄な出費ではなかったですね。ユナイテッドアローズは、最高の職場ですね。

 

「でも、自分で本当に欲しいと思ったものを買い付けるので、結局自分で買ってしまい、相変わらずお金がありません。最高にして最低の職場ですね(笑)」と。

しかしその笑顔は、いかにも満足げでありました。

南里清久さん

南里清久さん

 ビチェリン・アジアパシフィックアンドミドルイースト 代表取締役社長

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 ビチェリン社長、南里清久さんのご登場です。ビチェリンというのは、イタリア、トリノにあるカフェで、その創業は今から255年前、1763年まで遡ります。哲学者ニーチェや『三銃士』で知られる作家デュマに愛され、戯曲家プッチーニのオペラにも出てくるというから驚きです。店名を冠したチョコレート・ドリンク“ビチェリン”は、文豪ヘミングウェイによって“世界で残すべき100のもの”に選ばれたそう。現存するカフェではLocali storici d’Italiaのメンバーとしてイタリア最古。南里さんは、そんな名門の日本(とアジア)の代表をされています。

 

さて、南里さんと私は20年来の友人ですが、初めて会ったのは、彼の自宅に、インテリアの取材に行ったときでした。たいそうな豪邸に住まわれており、最初はビビリましたが、バスルームを覗いたら、世界各国のホテルから持ち帰ってきた小さな石鹸やシャンプーが、ちょこまかと並べられていて、「あ、この人、いい人かもしれない」と思ったことがきっかけでした(笑)。

 

「幼い頃から“旅”が大好きで、昔テレビでやっていた“兼高かおる世界の旅”を欠かさず観ているような子供でした。高校生くらいになると、バイトをしてお金を貯めては、海外旅行へ出かけるようになりました。海外では、空港やホテル、レストランなど、ラグジュアリーな場所を見て回るのが好きでした。もちろん自分では利用できないので、外から眺めるだけです。ニューヨークでは、コンコルドから降りてくる人たちの、エレガントな装いに憧れました。パリのリッツホテルは、まるで城のようだと思いました。日本と違って海外では、それぞれの空間に、似合った人がいるのです。そういう人たちを観察するのが楽しかったのです」

 

そんな経験が、ビチェリンの店作り、そしてファッションにも生かされています。

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ネイビーのジャケットは、トム フォード。

「トム フォードは、007が好きなので、よく買っています。その前はブリオーニが好きでした(トム フォードとブリオーニは、ボンドが劇中で着用)。時流に乗っかるタイプなので(笑)」

 

グレイパンツは、リーノさんで有名な、ミラノのアル バザールでまとめ買いしたもの。

 

タイとチーフは、ビジャン。

「ビジャンは、歴代のアメリカ大統領やマイケル・ジョーダンなども訪れるビバリーヒルズの超高級ブティックです。アポイント制で、その接客術は驚くべきもの。入店すると、まずはシャンパンがサーブされるのです」

 

シャツは、ターンブル&アッサー。

「生意気だと思われるかも知れませんが、ターンブル&アッサーは、中学生の頃から着ています。母親がブティックをやっていた渋谷西武に、ショップがあったのです。今ではロンドンで買っています。シャツはターンブルか、ユニクロか、どちらかしか着ません。ええ、ユニクロのシャツも、とてもよく出来ていますよ」

なるほど、南里さんは、単にブランドネームに踊らされるタイプではないようです。

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 時計はGショック。これも意外。

「ハリーウィンストンやブレゲなど、時計はいくつか持っていますが、最近はこればかり」

 

ネイビーのシューズは、クリスチャン ルブタン。

「ルブタンにしては地味すぎるデザインなので、売れ残っていたのです(笑)」

 

今でも年に6〜7回は、海外に出かけます。

「ネイビーのジャケットにグレイのパンツが基本です。出張が多いので、毎日同じでも、フケツに見えない格好がいいのです。同じような紺ジャケや白シャツを、何枚も持っています」

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 ビチェリンの本拠地イタリア、トリノのほか、中東カタールにもよく行かれるとか。

「たまたまカフェで話しかけられたカタール人に、日本のことをいろいろ教えてあげたら、なんと彼はカタールの王子だったのです。それが縁で首都ドーハに、カタール初の日本食レストランを出店しました。以来、日本とカタールの橋渡し役をやっています」

現在“在カタール日本国大使顧問”の肩書きもお持ちです。

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肩書きといえば、彼はもうひとつ、驚くべきプロフィールを持っています。それは“ライフセーバー”というもの。ビーチをワッチしているアレです。

 

「千葉の勝浦で毎夏、1週間から10日間くらい、ボランティアでライフセーバーをやっています。日焼けしているのはそのせいですね(笑)。以前たまたま、心肺停止に陥っている若者を助けたことがあって、それ以来“救命”ということを真剣に考えているのです。ライフセーバーって、日の目を見ない大変な仕事なのですよ。海にいるのは1年のうち1ヶ月そこそこで、残り11ヶ月は、ずっと辛い練習に耐えている。人命救助のノウハウも、一般にはあまり知られていない。そこで、まったく別の視点から、ライフセービングやレスキュー(人命救助)というものをアピールしたいと思いレスキューパートナー財団を設立しました。例えば、有名なファッション・ブランドとコラボして、ライフセーバーのTシャツを作って、みんなに“カッコいいな”と思ってもらうとか・・。そこから興味を持ってもらえれば、それはそれでいいのです」

 

確かに、世の中に、ライフセービングほど、重要な仕事はないかもしれませんね。卓越したファッショニスタ、そしてヒューマニストでもある南里さんの美学を、ぜひビチェリンにてご体験ください!

新宿店外観

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