From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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洞内浩さん

洞内浩さん

 新宿高島屋 シニアマネジャー兼ストアバイヤー

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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 新宿高島屋の洞内浩さんのご登場です。高島屋というと、トレード・マークであるバラの包装紙をはじめ、上品で大人しいイメージがありますが、洞内さんは、その笑顔もスタイルも、実にパワフルです。

「コーディネイトのポイントは“色”です。ヴィヴィッドな色を身につけていると、そこから会話が始まって、お客様も私も、自然と笑顔になれる」

 

SNSなどで彼の毎日のコーディネイトを拝見すると、赤、黄、緑など、カラフルな色のオンパレードです。またストライプやチェックなど、柄物同士の組み合わせも多用されています。しかし、色と柄を組み合わせるのは、素人には難しいのでは? と問うと、

「まずキーカラーを決めて、他のアイテムでその色を拾うこと。あとは『似合っているんだ!』と自分に言い聞かせて、自信を持って笑顔で着こなすことですね。そうすれば大丈夫です!」と。

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 ジャケットは、ティト アレグレット。ルビナッチ出身で、イザイアやアットリーニのVMDなどを務めたナポリの大物が、自らの名を冠したブランドです。昨年夏には、ピッティに初出品したばかりのコレクションによるトランクショーを世界に先駆けて新宿高島屋にて行い、大盛況を収めました。

「ナポリらしい色っぽさがありますね。ステッチやバルカポケットなどのディテールにもこだわっている。着て楽しく、カッコよく、『お洒落ですね』とホメられる服です」

オーダーのラインでも、ジャケットで109,000円~、スーツで143,000円~というリーズナブルな価格も魅力です。

チーフはミラノのフィオリオ。

タイはナポリのフランチェスコ マリーノ、同じモノを色違いで2本ご購入。シャツはプーリアのアンジェロ イングレーゼ。こちらも色違いで3枚ご購入。お洒落な人って、こういう買い方をしますよね。すべて新宿高島屋で扱いがあるそうです。

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 時計はロレックスのエクスプローラーⅡ。

シルバーのチェーン・ブレスレットやリングはエルメス。

「私の名前は浩(HIROSHI)というのですが、エルメスにはイニシャルのHを象ったものが多く、まるで私のために作られているようだから(笑)」

 手首につけたアクセサリーは、シンパシーオブソウル、トロールビーズ、フィリップ オーディベール、など。

  パンツはナポリの新進ブランド、マコ。プリーツ入りのサイドアジャスター仕様で、二本の持ち出しがつく、クラシカルで変わったタイプです。こちらも色違いで2本買われました。

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 シューズはクロケット&ジョーンズ。

「靴は100足くらい持っています。そのうち約80足がドレスシューズで、20足がクロケット&ジョーンズです。これはサイドエラスティックですが、クロケットとしては珍しいですよね。確かなブランドが作った、ちょっと変わった靴や服が好きなのです」

しかも、持っている靴のほとんどは茶やネイビー等の色物で、黒は冠婚葬祭用のストレートチップとタキシード用のオペラパンプスだけ。

「世の中、こんなにたくさんの色があるのだから、もっと色を楽しまなきゃもったいないと思うのです」

 

ブルー系でまとめた本日の装いは、洞内さんにしては、ずいぶんと抑え目なほうだとか。

「昔から、カラフルな格好が大好きでした。学生時代に初めて買ったシェットランド・セーターの色は真っ赤。コンバースのオールスターは、友人とオレンジとグリーンを一足ずつ買って、片方ずつ交換して履いていました。道行く人に、『あら、あなた靴を間違えているわよ』などと言われたものです(笑)」

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 今年、高島屋勤続30年を迎える洞内さんは、売り場やバイイングなどの現場が大好き。大好きな洋服に囲まれているのが、一番幸せだそうです。

「接客のコツですか? これも笑顔です。お客様には、あえて少し派手かな、と思える色柄をおすすめします。そして『お似合いですよ』と申し上げる。すると『ええ、本当?』と仰いつつも、皆、笑顔になる。新しい自分が見つかることは、誰しも嬉しいものですからね。笑顔で接すれば、笑顔に出会える。誠にお客様は“鏡”なのです」

楽しいお話を拝聴し、私もすっかり笑顔になってしまいました。

 

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Information

ティト アレグレットのス・ミズーラ スーツ&ジャケット トランクショーは、

2月23日(金)〜2月25日(日)高島屋 新宿店にて。詳しいお問い合わせ・ご予約は、

新宿高島屋Tel.03-5361-1111(代表)オム・メゾン8階ダブルスタンダードクロージングヒム

http://www.takashimaya.co.jp/

 

川口昭司さん

川口昭司さん

 マーキス ビスポーク・シューメーカー

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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ビスポーク・シューメーカーの川口昭司さんのご登場です。ウチのフジタが「ここぞ」という時に履いて来るのが、川口さんが作ったシューズです。フジタは人間としては、99%ダメなヤツですが、唯一1%、いいモノを見分ける目だけは天才で、その彼が「いま、一番いいかもしれない」というのがマーキスの靴です。

また私が昔から(もう20年も前から)洋服を作ってもらっている、佐藤英明さんのお気に入りでもあります。佐藤さんの店、ペコラ銀座には昔からマーキスのサンプルシューズが置いてあり、私も以前から「いい靴だなぁ」と思っていました。

 

つい先日、このブログにご登場頂いた福田洋平さんとは、英国での修業時代、“トレシャム”というノーザンプトンの同じ靴学校に通っていたそうです。福田さんの作る靴が、ひたすら「貴族的華麗さ」に溢れているのに対し、川口さんの靴は、また違ったよさがあるように思えます。それは、「美しい朴訥(ぼくとつ)さ」とでもいうのかな。高級ビスポーク・シューズであるにもかかわらず、誠実で、どこか親しみやすいのです。誤解を恐れずに言えば、前者がオスカー・ワイルドであるのに対し、後者は宮沢賢治のような。

 

今回初めて川口さんにお会いして、そのお人柄に接し、やはり作る人の個性は、その作品に出るなぁ、と改めて思いました。

「ぼくは昔から、とても不器用だったんです。幼い頃は、将来モノを作る仕事に就くなんて考えられなかった・・でも、靴作りに器用、不器用は関係ないとも思います。初めて作る1〜2足では差が出るかも知れないけれど、それからは・・」

では、靴作りにおいて、一番大切なことは何ですか? と聞いたら、

「それは情熱です!」ときっぱり。この瞬間に、私も彼の靴を一足オーダーすることに決めました。

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 ジャケットとベストはペコラ銀座。スリーピースとして誂えたもの。

「佐藤さんに初めてお会いしたときは、とても緊張しました。雑誌などでよく取り上げられていた、有名な人でしたから。でもお会いして『気さくな人だなぁ』と思って安心しました。それで靴のサンプルも、置いてもらえることになったんです」

 

タイはイギリスで買った、アンダーソン&シェパード。

「でも中古なんです」とポロリ。

 

シャツはアレッサンドラ・マンデッリ。これもペコラ銀座で扱っている、イタリアのシャツ職人です。

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 時計はロンジンで、お祖父さんからもらったものだそう。ベルトもオリジナルで、昔風にクロコダイルの背中部分が使われています。

「ベルトは何度も替えようと思ったのですが、このゴツゴツしたところが気に入ってしまって・・」

パンツはロンドンでテーラーをやっている友人、「仲良しの、ロバートさん」が作ったもの。

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シューズは、もちろんマーキス。ウィングチップなのにスリップオンという珍しいデザイン。

「太めのパンツに合うように、履き口を浅くしてみました。どうでしょうか?」

撮影時、靴がよく見えるよう、何度もパンツをつまんで長さを調節していたのが印象的でした。

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 フルビスポークのハンドソーン専門のため、どうがんばっても月産は7〜8足が限度だとか。しかしそんな川口さんには、大きな味方がいます。それは奥様の由利子さんです。

「実は彼女も、同じ靴職人なのです。英国トレシャム時代に知り合って、帰国後結婚、そして一緒にマーキスを立ち上げました。スタートした頃は、資金繰りが厳しくて、彼女が手伝ってくれなかったら、どうにもなりませんでしたね」

「二人でいるときも、ぼくは靴の話しかしません。でもそれを聞いて、理解してくれる人がそばにいるというのは、本当に有り難いことですね。本当は退屈だと思っているかもしれないけれど(笑)」

 

もうすぐ2歳になる息子さんにも恵まれて、公私ともに充実している川口さん。その充実ぶりは、確実にマーキスの靴に表れています。今から出来上がりが、楽しみだなぁ!(ちなみに私がオーダーしたのは、フルブローグのブラックのウィングチップ。こういったモデルを勧めるところにも、彼の人柄が表れていますね)

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ショップと工房は長らく江戸川橋にありましたが、この度、念願だった銀座に移転しました。

Marquess

東京都中央区銀座1丁目19-3 銀座ユリカビル8F
TEL/FAX 03-6912-2013(完全予約制)

https://marquess-bespoke.blogspot.jp/

Kaoru “Tony” Komoriさん

 エッセイスト

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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“トニーさん”こと、小森薫さんのご登場です。ファッション業界では、ずいぶんと前から、皆トニーさんのことを知っていましたが、それは「お洒落だから」という単純な理由からで、実際に彼がどういう出自で、どんな人生を歩んで来たのかを知る人は、あまりいませんでした。いわばかつての英国のダンディ、ボー・ブランメルのような存在で、お洒落であるがゆえだけに有名になった、ミステリアスな人でした。

しかし、2102年に自らの半生を語ったエッセイ『Tonyさんの優雅な生活』を上梓されたことで、その背景が明らかになりました。

タネ明かしをしてしまうと、トニーさんは、丸大食品創業者兄弟、故・小森達雄さんのご長男です。達雄さんは、一代で一部上場企業を立ち上げたことのみならず、希代の洒落者としても知られていました。

「オヤジはものすごくお洒落な人やった。死んだあと、ワードローブを整理したら、タキシードが6着、一度も穿いていないズボンが20本もありました。しかも背が高くてハンサムで、女性にもめちゃくちゃモテた。どのくらいモテたかというと、彼が商売を始める時に、『お商売には、資金がお要りでしょう』というメモを添えて、店に札束を投げ込んだ女性がいたくらい(笑)。北新地を歩くと、5メートルもいかないうちに、『キャーッ』と女性が寄って来て、動けなくなるくらいやったんや」

達雄さんの写真が、トニーさんの本に掲載されているので、興味のある方は、ぜひ御覧下さい。

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「オヤジは一人息子ということもあって、僕のことを溺愛してくれてね。ねだれば何でも買ってくれた。しかも期待以上にね。60年代にフランスへ行ったときは、『お前の好きな、剣道の防具入れみたいなカバンがあったから』という理由で、当時誰も知らなかったルイ・ヴィトンのバッグを34個も買ってきてくれたんや」

というから、その他のことも、推して知るべしです。

トニーさんは、「ホンマに、お坊ちゃんやったわ。神戸のボンボンが、そのままオジンになったのが私です」と衒いなく言える、希有な人です。

 

スーツは神戸の名店、コルウで作ったもの。

「オヤジが1970年代くらいに着ていたモノを再現する、というのがテーマ。ハリソンズのクリュクラッセという生地を使って作った。珍しく昔風のピンドットが見つかったのでね。70年代風に広めのラペルで、肩もちょっとコンケーブさせたんや」

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 帽子は大阪・天王寺の西川文二郎さんが作ったもの。リボンのピンドットがスーツとコーディネイトされています。

「足し算のファッションが好き。いまの世の中、みんな『お洒落は、引き算』というけど、あえてモノを重ねる主義。その面白さを伝えたいんや」

帽子に差してあるフラワーピンは、本物のバラを加工して作ったもの。

ブレスレットとラペルピンは、真珠を使ってオーダーしたもの。

「ブレスはタヒチの黒真珠。キズ物を合わせて作ったモノなので、色がバラバラなんやけど、そこが面白いな」

ブルートパーズ×ゴールド製の指輪は、「オヤジの別荘があった」サンフランシスコで買ったもの。

 

シャツはオリアン、やはりピンドットのスカーフについては「ブランドは忘れた。だいぶん前からしている」と。

メガネは白山眼鏡店のチタン製。ウォレットチェーンは、ストラスブルゴ。

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時計はジャガー・ルクルトのレベルソ・デュオですが、時計に関しても豪快なエピソードがあります。

「1970年にスイスで、ロレックス・デイトナ・ポールニューマン・エキゾチックダイヤルを6万円で買った。リーマンショックのあとに専門店に持っていったら、なんと600万円で売れた。100倍やね(笑)。その金を時計屋に持っていって、札束を積み上げて、新品の時計を4本買うたんや」

それらは、黒と白のデイトナ2本、オーデマ ピゲのロイヤル オーク、ゴールドのレベルソだったそうです。

「4人いる甥っ子に、全部あげてしまった。彼らが約束した何かやり遂げた時にね。例えば甥っ子の一人は、『タバコを止めたら、デイトナをやる』といったら、本当に止めたよ(笑)」

はい、私もデイトナをもらえるなら、即タバコを止めます。

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クロコダイルのベルトは、香港のマンダリンのアーケ―ドにあるお店でオーダーしたもの。

ブーツは香港の名店、タッセルズで買った、エドワード・グリーン。

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 実はトニーさんはマスコミ嫌いで、メディアに露出しないことでも有名です。また、服飾評論家や蘊蓄を疎み、本物の経験から来るお洒落を説く人としても知られています。ですから今回、私のブログに出て頂けたのは、ちょっとした“奇跡”だったのです。

しかし、お会いして、じっくりとお話を拝聴して、その印象=“人としての手触り”は、誰かに似ていることに気付きました。こんなことを申し上げると怒られてしまうかも知れませんが、それは故・落合正勝さんです。蘊蓄の帝王として祭り上げられた落合さんは、実は蘊蓄が大嫌いで、自らが服飾評論家といわれることを毛嫌いしていました。

お二人の共通点は、“人に迎合せず、自らの信念を貫き通す”というところです。これこそがダンディズムの真髄であり、今の世の中では、非常に難しいことゆえに、輝きを放つ生き方なのです。

 

林信朗さん

林信朗さん

 編集者、執筆家

text kentaro matsuo  photography shinsuke matsukawa

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ファッション編集の世界における大先輩、林信朗さんのご登場です。かつては婦人画報社にて、女性誌『mcシスター』、『25ans』、男性誌『メンズクラブ』、『Dorso』、『Gentry』など、多くの雑誌の編集長を歴任されました。その後は、フリーの編集者・執筆家として、さまざまな媒体で活躍されています。

林さんは生粋のサラブレッドでもあります。お父様は林邦雄さんという有名なファッション評論家で、メンズクラブや、かつて私が在籍した『男子専科』でも、長く連載をされていました。著作も多数あります。親子二代にわたって、ファッション評論の世界で活躍されているのですから、私のような“ぽっと出”とは、まさに月とスッポンといえます。

「幼い頃は、父親の書斎が遊び場だった。とにかく家中本だらけでね。毎号メンクラやダンセンが送られてきていたから、小学生の頃からメンズ・ファッション誌を読み漁っていたな。アイビーが大好きで、VANのノベルティのクシやソックスが手に入ると、嬉しくて抱えて寝ていたよ(笑)」

 

その後、大学時代にシアトルへ3年間留学され、本場のアメリカン・ファッションに出会います。

「初めてエディ・バウアーのショップへ行った時は、本当に感激した。アウトドアズ・マンのためのギアとウェアが数え切れないほどあってね。なんとカヌーまで売っていたんだ。1970年代の日本では、そんな店は考えられなかった」

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ジャケットはアンダーソン・リトルというかつてアメリカ東海岸にあったブランドのもの。購入されたのは、なんと40年前だそうです。

「これは学生時代にボストンへ行った時に買ったもの。確かボイルストン通りの店だったと思う。シアトルは西海岸だったから、アイビースタイルはぜんぜん見かけなくて、東側まで本物のアイビーを見に行ったんだ」

 

ボウタイは、シカゴの老舗デパート、マーシャルフィールドでご購入。これも30年前くらいのものだとか。

「昔のアメリカものは、本当に丈夫で長持ちする。今でも普通に使っているよ」

 

シャツはヤマナカシャツ。こちらは打って変わって、つい最近ネットでオーダーしたものだそう。

「インターネットでショッピングするのは大好きなんだ。原稿を書いているときはネットを見ることが多いけれど、ついつい余計なものを買ってしまう」

林さんがeコマース愛好者だとは、ちょっと意外です。

 

トレードマークのパイプは、アイルランドのピーターソン。林さんといえば、かつてパーティなどでは、流暢な英語を操りつつ、いつもパイプを燻らせていることで有名で、若い頃の私もその姿に憧れたものです。

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 ベルトはフェリージ。ジーンズは、なんと無印良品。

「無印、大好きだよ」とさらりと仰っていましたが、新旧取り混ぜたコーディネイトに脱帽です。

そして靴はクラークス。

 

「ファッションには、何か面白いことがないとね。定番を、定番通りの組み合わせで着るのは好きじゃない。例えば、今日はブレザーにジーンズ、そして黒いボウタイに茶のクラークス。男のファッションのセオリーからすると、ヘンなコーディネイトだけれども、あえてそうしている。ドレスダウンを楽しんでいるんだ」

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林さんと私には、大きな共通点があります。それはかつて二人とも西新橋で働いていたことがある、ということです。もう25年も前になりますが、私の在籍していた男子専科編集部から、林さんのいた婦人画報社は目と鼻の先で、同じ頃に、同じ店に通っていました。新橋は今でこそ“オヤジの原宿”になってしまいましたが、当時はファッション編集者や業界人が闊歩する、お洒落な街だったのです。

「ここも知っている! あそこも通っていた!」と大いに話が盛り上がりました。

 

「ランチが終わったら、必ず喫茶店に寄ってコーヒーを飲んだし、仕事が終わったら、毎晩のようにバーへ行った。そのまま会社に泊まってしまうことも、しょっちゅうだったな。今とは時代が違うね・・。昔の編集者は荒っぽくて、酔っぱらって飲み屋の客とよく喧嘩をしていたよ。僕はジェントルマンだったから、そんなことはしませんでしたけれど(笑)」

 

私にも一風変わった先輩がたくさんいて、いろいろな店に連れて行ってくれました。新橋界隈には、ウエスタンとか、トニーズバーとか、いくつか溜まり場があって、行くと必ず知り合いがいて、夜遅くまで語り合ったものです。四半世紀ほど前は、編集者というものは、まだまだ“酔狂”とか“無頼”という、今ではすっかり死語となってしまった言葉が似合う職業だったのです。

林さんからは、そういった往事の、自由闊達たるマスコミ業界のニオイがプンプンします。これからは“林先輩”と呼ばせて頂き、男のファッションの何たるかを学んでいきたいと思います。

 

水落卓宏さん

水落卓宏さん

 ディトーズ テイラー&カッター

text kentaro matsuo  photography natsuko okada

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南青山の隠れ家的テーラー、ディトーズのオーナー、水落卓宏さんのご登場です。壹番館洋服店、ブリオーニなど、一流処を渡り歩いて来たことで知られています。水落さんと私が初めて出会ったのは、彼が滝沢滋さんのサローネ・オンダータにいた頃でした。その後独立されて、自らのテーラーを開いたということは耳にしていたのですが、「そのうち行ってみたいな」と思っているうちに、はや8年が経ってしまいました。

 年を取るほどに、時の経つのは早くなります。学生時代は、1年が永遠にも感じられるほどの長さでしたが、30歳を超えるころから、だんだんと時が流れるのが早くなり、50歳を超えた今では、1年2年はあっという間に過ぎ去ってしまいます。お互いに「早いものですね・・」と感慨しきり。そんな会話から、今回の取材はスタートしました。

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ターンバック・カフのジャケットは、ディトーズで自ら仕立てたもの。生地はカシミア100%で、英国ジョンストンズに鉄砲で有名なジェームス・パーディが別注したものだそうです。

「素材の風合いを生かすために、極力芯地を抜いて、柔らかく仕上げてあります。もうフニャフニャです(笑)。私自身の着ているものは、実験的な要素が強いのです。新しい技術や材料はまず私自身の服で試します。いきなりお客様に使うのは、怖いですからね」

 

タッタ―ソールのウエストコートもディトーズ。

「これは“ポストボーイ”といわれるスタイルです。ウエストラインにシームがあって、通常のベストより長めの丈となっています。ボタンも5つ全部を留めます」

なるほど、一見普通ですが、よく見ると実に凝った仕立てとなっています。

 

シャツとタイもオリジナル。

「シャツはカチョッポリのオックスフォード製。タイは英国アダムレイの生地を使って、日本の職人に縫製してもらったものです。大剣幅は9.5cm、長さは140cmとしてあります。通常より短いと思われるかも知れませんが、背が高いわけでもなく、首が細い日本人にはこのくらいがちょうどよいのです」

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チーフは、エリッコ・フォルミコラ。千葉のアウトレットパークで買いました。

「意外ですか? 実は妻がアウトレット好きで、よく行っているのです。そんなときは軍モノや古着、アウトドア・クロージングなどを着ています。たぶん私だとはわからないでしょう(笑)。クライミングパンツなどはカットやパターンが面白くて、勉強になりますよ」

 

ゴールド製の懐中時計はアスプレイのアンティーク。

「かつて表参道にあったハナエモリ・ビルの地下に、アンティーク・ショップ街がありました。そのうちの一軒に飾られていて、10年間欲しいと思い続けた時計です。しかし、当時は修業時代でまったくお金がなかった。いざ買おうと思ったら、ビルは取り壊しになって、それぞれの店はバラバラに移転してしまっていた。そこで探しに探して銀座に移ったことを知り、ようやく手に入れた品なのです」

その一途さが素晴らしいですね。10年間他の人に売れなかったというのも、奇跡です。

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コーデュロイ・パンツはブリスベン・モスの生地を使ったオリジナル。

「英国でコットンといったらここで、例えばバブァーの襟地なども作っています」

 

靴はスマートなシルエットで知られるビスポーク・シューメーカー、ヨウヘイ・フクダ。ぽってりとした靴なので意外でしたが、

「技術を持っている人なので、言えば何でもできるんですよ。彼とはよくお客さんを紹介し合っています」と。

 

「今日のコーディネイトのテーマは、色づいて来た外苑のイチョウ並木」という通り、全身イエローベースで統一しているので、さまざまなパターンを組み合わせていても、統一感がありますね。

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「8年前、独立して自分のテーラーを開くと宣言した時は、周りの皆に反対されました。養わなければいけない家族がいたので、『一人もお客さんが来なかったらどうしよう』と、本当に怖かったですね。でも当時、メンズ・イーエックスの別冊“本格スーツ読本”で紹介されてからは来てくれる人が増えて、それ以来、ずっと順調にきています」

その本は、私が作った一冊でした。こういうことを言われると、編集者冥利に尽きますね。今度はあまり間を置かず、また近々にお会いしたいと思います。

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ヘラクレス・ノットを象ったオリジナルのタイスラーダー。シルバー製。3万円

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ディトーズ

東京都港区南青山4-14-2 グランポート南青山 2F

03-6438-9313

http://www.dittos.jp/

鈴木貴博さん

鈴木貴博さん

 ドーメル・ジャポン 営業本部長

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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 創業1842年、現存する最古の服地ミルマーチャント、ドーメルの日本支社にて、営業本部長を務める鈴木貴博さんのご登場です。就職されてからは、服地業界一筋で、カキウチ、エルメネジルド ゼニア、そしてドーメルとキャリアを積まれて来ました。ゼニア時代には、なんと私の家内も同じ会社で働いていました。

「社内の飲み会で、奥様とご一緒したこともありますよ」と仰っていましたが、いやはやご迷惑をおかけしていないといいのですが・・

そして、鈴木さんの奥様も私のことをご存知です。以前アンジュノワールというセレクトショップのPRをご担当なさっていた頃、何度かお会いしたことがあります。しかし鈴木さんの奥様だとは、まったく存じ上げませんでした。世間は狭い、そしてファッション業界はもっと狭いですねぇ。お互い気をつけましょう(笑)

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スリーピースのスーツはもちろんドーメルのオーダーメイド。ドーメルは服地を販売する他に、オリジナルも充実しています。この形は“パリ”というモデルで、ちょっとフレンチ風のディテールを持っています(フィッシュマウスラペルなど)。実は私も、パリのダブルスーツを愛用しています。

「生地は“スポーテックス・ヴィンテージ”です。スポーテックスは、ドーメルで一番有名な生地で、開発されたのは1922年。その名の通り、当時はハンティング、レーシング、そしてゴルフなどのスポーツを楽しむためのものでした。太い糸を使ってしっかりと織られています。同時のウエイトは700gもあったそうですよ。今では、さすがにそんなにヘビーなものはありませんが、いいところはそのまま。つまり耐久性に優れ、スーツのシェイプがキレイに出るのです。テーラー好みの生地と言えますね。わざわざ昔のものを探し求めるマニアの方もいるのです」

ドーメルのスポーテックス、そしてモヘア素材の“トニック”は、服道楽なら必ずその名を知っている名作生地です。

ネクタイもドーメル・オリジナル。15.7(フィフティーン ポイント セブン)というスーツ生地で作られています。

「15.7ミクロンの極細ウールで織られているので、この名前がついています。実はコレ、7フォールドなんですよ。しかもフランス製。先の方まで芯地が入っていたりと、同じ7つ折りでもイタリア製とはちょっと違うところが面白いでしょう?」

ドーメルは英国製の生地を扱いますが、実は本社はパリにあります。だから、ガチガチのブリティッシュじゃなくて、ちょっとフランス風の遊び心があるのですね。そこがこのブランドの最大の魅力だと思います。

 

ハンドメイドのシャツもドーメル。職人がナイフでひとつひとつ生地をカットして作っているそうです。

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 カフスはかつて奥様がPRをなさっていたアンジュノワールにて購入したもの。アンジュノワールは、日本を代表する写真家・田原桂一さんがディレクションをなさっていた骨董通りのセレクトショップです。独自の審美眼をお持ちだった田原さんですが、惜しくも本年6月帰らぬ人となりました。

 

時計は、なし。

「時間に縛られない男だから・・」とうそぶいておられましたが、実は現在いいものがないか物色中だそうです。時計ブランドの皆様、セールスのチャンスです(笑)

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シューズはクロケット&ジョーンズ。ロンドンにて購いました。年に何度もヨーロッパと日本を往復する鈴木さんは、真の国際派です。

 

「高校、そして大学は、アメリカで過ごしました。最初はユタ州。州都のソルトレイクシティからクルマで2〜30分走ったマレーという田舎町に住んでいました。とにかく何もないところで、日本のことなんて誰も知らない。『日本にはアイスクリームってあるの?』と聞かれた時は閉口しました(笑)。それからシアトルに移って、シアトル・ユニヴァーシティで国際経済を専攻しました。でもあまり勉強はしなかったな。テニス、ゴルフ、スノーボードなど、スポーツ三昧の日々でしたね」

な〜んて軽く仰っていましたが、シアトル大ってアメリカ人にとっても難関ですよ。鈴木さんの語学力は推して知るべしです。

 

「卒業後は台湾へ行って、今度は中国語の勉強をしました。『英語だけではダメだ。次は中国語だ』と思ったのです」

 

う〜ん、うらやましい。今の世の中、語学は非常に重要ですからねぇ。実は私もロンドンへ留学(遊学)していたことがありますが、渡英後数ヶ月で学校を辞め、日本人の女の子と同棲してしまい、毎晩クラブで夜遊びばかりしていました。もしタイムマシンがあるなら、あの頃の私を張り飛ばしてやりたいです。

鈴木さんと話していると「若い頃の努力が、後年実を結ぶ」という当たり前の事実を、痛感させられます。

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ドーメルのスーツ生地15.7で作った7フォールドタイ。¥28,080

ドーメル青山店

〒107-0062 東京都港区南青山1-1-1 新青山ビル1F
TEL 03-3470-0251

http://www.dormeuil.com/jp

山本祐平さん

山本祐平さん

株式会社ケイド代表取締役

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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東京を代表するテーラーのひとつ、ケイドの山本祐平さんのご登場です。ファッション&マスコミ業界に幅広い交遊関係を持つ山本さんを、ご存知の方も多いでしょう。

私が「今の日本で一番お洒落かもしれない」と思っているお洒落の天才、フェアファクス コレクティブ社長、慶伊道彦さんの御用達テーラーとしても有名です。

「慶伊さんと初めてお会いしたのは、もう17年も前のことになります。それから100着以上は作って頂きました。いまでもよくお会いしていますし、最も話が合う方の一人です」

お互いに、アメリカ文化が好きで、アイビーやジャズの話をしていると、止まらなくなってしまうそうです。

 

山本さんの服作りのルーツは、幼い頃に観たアメリカ映画にあります。

「小学校6年生の頃、映画『スティング』を観て衝撃を受けました。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードを目の当たりにして、『世の中にこんなにカッコいい男たちがいるんだ』と仰天しました。それからは、もう映画三昧。映画館に通って3本立て500円の映画を貪るように観ました。私のスタイルのルーツは、間違いなくその頃に観た映画にありますね」

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スーツはもちろんケイド。テーラー&ロッジに別注したオリジナルのヘビーウエイトのシャークスキン生地で仕立てられています。カラーはミッドナイト・ブルー。

「ソリッド(無地)のダークスーツに白シャツ、そしてソリッドタイといったスタイルが多いですね。引き算の美学を追求しています。そういったコーディネイトの方が、着ている男のパーソナリティを引き出すのです」

 

シルク・バスケットのタイは、ケイドのオリジナル。

シャツもオリジナルですが、これは映画監督の小津安二郎氏へのオマージュだとか。

「小津監督はいつも同じような格好をしていたのです。万年筆を入れるための大きなポケットがついたストレートカラー(長めの襟)の白シャツに、コットンピケの帽子を被り、グレイのパンツを穿いていた。しかし、実はもの凄くお洒落な人で、帽子はダース単位、シャツも5枚ずつ作っていたそうです。そういった昔の男の美学が好きで、ウチでも同じモノを作りました」

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チーフはラルフ ローレン。

時計はカルティエのタンク。

「タンクは、ドレスからカジュアルまで、何にでも合う時計です。わざわざ趣のある1970年代のものを探して購いました。ちなみにスポーツをするときは、ロレックスのGMTマスタ—をしています。これは故・石原裕次郎さんやスティーブ・マックィーンがしていたのがカッコよくて」

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シューズはオールデンのタッセルローファー。

「足元でちょっと“抜く”のが私のスタイルです。素材はあえてのカーフで。サヴィルロウより、ニューヨークのマディソンアヴェニューの感じ。舞踏会より街で映える男。バシっとキメていても、どこかフランクな格好が好きなのです」

 なるほど、その感じ、わかります。それはかつて山本さんが在籍していた名店、ボストンテーラーの雰囲気に相通じるものかもしれません。

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「ボストンテーラーでは、仕立屋の原点となる経験を積みました。いまと違って当時のテーラーには、さまざまな職種のお客様がいました。クセの強い人がたくさんいて、それぞれの突飛なデザインや特殊なリクエストにも応えなければならなかった。そして当時は年初から新しいスーツを着るという習慣もあって、その年にオーダーを受けた服は、必ず年内に納めなければならなかったのです。振り返ると大変でしたが、とても勉強にもなりました」

 

そういう山本さんのところには、不思議と若い人が集まって来ます。

「お店の常連さんや、私が社員として雇っている職人の中にも20代の人がたくさんいます。今の世代は服作りはウマいけれど、そのバックグラウンドにあるカルチャーを知らない。そういったことを次世代に伝えていきたいですね」

確かに、山本さんの話す、昔のダンディたちのエピソードは、聞いていてとても面白いものです。皆その話術に魅せられてしまうのでしょう。

 

往年の本や雑誌、レコードに囲まれた、男のおもちゃ箱のようなケイドの店内で、山本さんの笑顔はひときわ魅力的でした。

 

テーラーケイド

 〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町42−15

Tel:03-6685-1101

http://www.tailorcaid.com/

長谷川雅一さん

長谷川雅一さん

ガジアーノ&ガーリング ディレクター,アジア

text kentaro matsuo  photography shinsuke matsukawa

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私がずっと気になっていたファッショニスタ、長谷川雅一さんのご登場です。初めてお会いしたのは、もう10年ほど前、英国のシューズ・ブランド、ガジアーノ&ガーリングのトニー・ガジアーノ氏とディーン・ガーリング氏に、私がインタビューしたときのことだったと思います。素晴らしい着こなしと、超堪能な英語が印象的でした。

 

「中学高校とインターナショナル・スクールへ通っていました。上智大学卒業後、仕事の関係でニューヨークに渡り、そのまま25年ほど住んでしまいました。トニーとディーンは、以前からの知り合いで、2006年のブランド設立時には、ファイナンス面を担当し、ちょうど今でいうクラウド・ファンディングのようなことをやったのです」

 

長谷川さんのご専門は、いわゆる「投資」というヤツで、私には想像もつかないような巨額のお金を動かされているようでした。

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スーツはペコラ銀座。

「ペコラ銀座には、もう20年以上前から通っています。ずいぶんたくさんの服を作りました。きっかけは、松尾さんが初めて書いた佐藤さんの記事だったんですよ。それまでは既製品やパターンオーダーなど、いろいろ試していましたが、うまく行きませんでした。そんな時にペコラ銀座の記事を見て、『コレだ!』と思い、すぐに作りに行きました」

 

それは、ありがとうございます。自分の記事を読んでくれて、それに影響された方がいると、嬉しさもひとしおです。今でこそ、欧州帰りのテーラーはゴマンといますが、20年前はペコラ銀座の店主、佐藤英明さんしかいなかったんですよね。裃(かみしも)のようなスーツばかりだった当時の日本のテーラー界において、彼の作るイタリア風の丸く柔らかく人間的な服は、衝撃的だったのを覚えています。

 

タイはルビナッチのス・ミズーラ。ナポリにてご購入。

シャツは香港のオーダーメイド、デヴィッズ・シャツ。カルロ・リーバの生地を持ち込みました。

 

トレードマークの丸メガネは、大井町の林眼鏡店。

「店主がジョン・レノンが大好きで、丸いメガネばかり扱っているのです。これは福井県・鯖江製のオリジナル」

 

チーフはニューヨークのバーグドルフ グッドマンにて、ダース買いしたもの。

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 時計はオーデマ ピゲのロイヤル オーク。イエローゴールドのモデルです。

「もう25年以上前に買ったものですが、ずっと着用していませんでした。『ある程度オジサンになったらしよう』と心に決めていたのです。そして、私も40代半ばを過ぎたので、そろそろいいかなと思い、着け始めました」

 

シューズはガジアーノ&ガーリング。ビスポークのベルジャン・ローファーです。色はブラックで、パイピング部分にはパイソンが使ってあります。

「あまりオックスフォードタイプは履きません。カカトの骨を痛めたことがあり、それ以来、足裏にフィットした中敷きを入れたローファーを愛用しています」

 

アクセントとなっているレッドのソックスは、ジョンスメドレー。

「ソックスはレッドしか履きません。そしてネクタイは紺無地しか締めません。靴はブラックのベルジャン・ローファーばかりで、スーツもダブル一本槍。いつも同じ格好をしているように見られますね(笑)」

 

 私の経験だと、いつも同じような格好をしている人ほど、お洒落です。そしてレッドのソックスを愛用している人は、神級のファッショニスタです。日本のブランド・ビジネスの草分けであり、コロネット商会の創業者、桃田有造氏は、いつもレッドのソックスを愛用なさっていました。

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長谷川さんは昨年末に、長年住んだニューヨークを離れ、現在は東京をベースにしています。

「最近のニューヨークはどうも雰囲気が悪いのです。反人種差別デモや反トランプデモが頻繁に起こるようになってしまいました。私には二人の高校生になる息子がいるのですが、街を歩かせるのが不安になって、日本へ帰って来ました」

 

同じ息子を持つ身として、その気持ちはわかります。

ちなみに私の息子はいま7歳ですが、もうすぐ来るであろう反抗期について不安に思っていることを吐露すると、長谷川さんは「ウチにも反抗期はありましたが、すぐに終わりました。今はまたいい子に戻っています。そんなに心配することないですよ」と言ってくれました。

 

現在のメインのお仕事は、イギリスにおけるフィンテック関連だとかで、私には、そのへんはさっぱりわかりませんが、同じ息子を持つ親として、そして同じテーラーを愛用する洋服ファンとして、もっとお話をしていたいと思わせる方でした。

黒川修さん

黒川修さん

 メゾン・ディセット代表取締役

text kentaro matsuo  photography natsuko okada

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ポーツ1961、エミリア・ウィクステッド、トマジーニ、クラウディア・リー、ヴィオネなど、10近いブランドを日本に輸入しているメゾン・ディセットの代表、“クロちゃん”こと、黒川修さんのご登場です。私は黒川さんが、八木通商という輸入商社にお勤めの時に知り合いました。イタリアの駐在員をなされている時は、よくミラノの街を案内してもらったものです。

 

その後、バルマン、アレキサンダー・マックィーンなど、さまざまなブランドの日本責任者を経て、現在はご自身の会社を経営しています。華麗なる経歴をお持ちなのは、やはり語学が得意だからでしょう。

 

「建築家をしていた父の仕事の都合で、小学校に入る直前まで、アメリカに住んでいました。現地の幼稚園へ通っていて、周りにはドイツ人、イスラエル人、エジプト人など、いろいろな国の友達がいました。基本英語でしたが、消防車だけは、私がかたくなに日本語で言っていたので、終いには、幼稚園中の生徒が“ショーボーシャ”という単語を使うようになってしまった(笑)」

 

なるほど、子供が言葉を覚えるプロセスって、面白いですね。英語に関しては、その後仕事で使うようになって、もう一度苦労して学び直したそうです。

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ジャケットはボッテガ・ヴェネタ。

「デザイナーのトーマス・マイヤーが好きなのです。ベーシックのなかに、突然抽象的なツイストがあって面白い」

黒川さんは、トラッドとモードの中間がお好きです。

 

シャツは、ご自分で扱っているポーツ1961。

「このブランドはもともと1961年に、ルーク・タナベという日系カナダ人が始めたものです。彼は『男には、10種類のシャツが必要だ』という哲学を持っており、ナンバー1から10までの番号が振られたシャツをコレクションの中心に据えていました。ごくプレーンなものからスモーキング用まで揃っており、これはそのうちの一枚です。現在でも毎シーズン素材を変えつつ、定番商品として展開しているのです」

なんとも、面白いブランドですねぇ。

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パンツはランバン。

「ランバンのルカ・オッセンドライバーも、好きなデザイナーの一人です。ここのパンツは、とにかく私の体型に合うのです」

 

時計はベダ&カンパニーのナンバー8。10年ほど前に購入したもので、ポイントはクロコダイル製のイントレチャートのベルトです。

「このベルトが気に入って買ったのですが、その後廃番になってしまって。メーカーに聞いたら、もう作っておらず、在庫もないというのです」

おやおや、これはぜひ復活させてもらわないと・・。

 

シューズはオールデン。

「オールデンは6足くらい持っています。トラッドからモードまで、こんなに何にでも似合う靴は、他にありません。あとはジャンヴィト ロッシやマノロ ブラニクも好きですね」

黒川さんは、かつてマックスヴェッレの代理店もしていたことがあるので、靴には一家言おありです。

 

今日はブラックとネイビーの組み合わせ。

「ネイビーが死ぬほど好きなのです。いつもこんな格好ばかりしています」

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さて今ではファッションの世界で活躍されている黒川さんですが、大学入学時は、ファッションか音楽かで、ずいぶんと迷ったことがあったとか。

「子供の頃から、ずっとピアノをやっていたのです。高校の三年間は、先生について、ジャズ・ピアノを勉強していました。ボストンの学校へ入って、プロを目指そうかどうか、真剣に悩みました」

 

そう言いつつ、BGMとしてかけてくれたのは、チック・コリアの“オン・グリーン・ドルフィン・ストリート”。

 

「これは一番好きな曲のひとつです。今は家にピアノがないので、専ら西麻布のカラオケ・バーに行ったときに、弾くくらいになってしまいましたが・・」

 

黒川さんが、そんなにピアノが上手だとは、初めて知りました。ここぞというとき、モテるでしょうねぇ。一度彼の演奏を聞いてみたいです。

 

「私がジャズ・ピアノを好きになったのは、母方の祖父の影響です。とても粋な人で、家に行くといつもジャズやラテンの曲がかかっていたのです。スーツはいつも銀座・壱番館で仕立てていましたね。80歳を過ぎても、プラダを着ているような人でした」

 

撮影した南青山の事務所は、先日オープンしたばかり。これからも独自の視点で選んだいいものを届けていきたいと、決意を新たにされています。

「オンスケジュールでショーを行うブランドにフォーカスしています。ファッションへの憧れをストレートに伝えたいという思いがあるので、ランウェイ・ブランドが好きなのだと思います」

 

おじいさま譲りのアーティスティックなセンスと、とびきりの笑顔が、この方の魅力といえましょう。

大和一彦さん

大和一彦さん

B.R.SHOP/B.R.ONLINE オーナー、エグゼクティブプロデューサー

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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なんだか今回はちょっと勝手が違います。なぜならこの大和一彦さんこそ、私がこのブログを始めるきっかけだった人だからです。当ブログは、かつては大和さんの経営するB.R.ONLINEのなかの一コンテンツでした。B.R.ONLINEは、膨大なトラフィックを誇るファッション・サイトで、そのお陰で、私のブログも、それなりに有名になったのです。いわば、もともとの雇い主を取材しているようなもので、ガラにもなく、ちょっと緊張しました。

 

B.R.SHOPは、神宮前に実店舗を構える、れっきとしたセレクトショップですが、フツウのセレクトとは、ひと味違います。ウェブサイトでの売上げが、非常に多いのです。

「メディア事業も行っていますので広告売り上げを含めると、ウェブでの売上げと店舗での売上げの比率は、7:3といったところでしょうか。ウチがウェブで洋服を売り出したのは、1997年のことです。当時は『ホームページって何?』という人もいたくらい。もしかすると、日本で最も早くネットで洋服を売り出したのは、われわれかもしれません」

 

その後のアプローチも、実にユニークです。

「メンズのトレンドというのは、ほとんど気にしていません。それよりも、レディスを見る。レディスのトレンドのなかで、メンズに受け入れられるものは何か? と考えます。例えば今季は、ゆったりしたロングコートがよく売れていますが、これもレディスの流れを見て、大量発注したのです。逆に巷で流行っているワイドパンツは、一部取り入れるだけに留めました。これもレディスの世界では、ワイドとスキニーが両立しており、きっとメンズでもそうなると思ったからです」

 

 あらゆる意味で“先見の明”がある方だと申せましょう。

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スーツは、デ・ペトリロ。素材はストレッチの効いた細畝コーデュロイです。

「B.R.SHOPでは、スーツを普段使いするという提案をずっと続けて来ましたが、ようやく最近受け入れられつつありますね。こんなカジュアルなスーツが売れています」

 

ニットはクルチアーニ。

「これも何千枚も売れた定番商品ですが、今季はちょっとだけ丈を長めにしました」

この案配が絶妙です。

 

スカーフは、キンロック。

「私のような細身の人間は、インナーがニットだけだとちょっと寂しい。だからクルーネックには、なるべくスカーフを合わせるようにしています。エルメスのヴィンテージなども、たくさん持っています」

トレードマークでもあるメガネは、フォーナインズ

「フォーナインズには、オーダーレンズというものがあるのです。それぞれの人の顔に合わせてレンズを作ってくれるシステムで、どこを見ても見やすい。他のものをかけると疲れてしまいます。昔はたくさんのメガネを持っていましたが、いまはフォーナインズばかりです」

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ブレスレットはエルメス。

「アクセサリーやスカーフ、それからスニーカーやTシャツなども、妻とシェアすることが多いですね。サイズが似ているので、着回せるのです。それに何より、買う時に言い訳ができるじゃないですか(笑)」

この点ばかりは、羨ましい限りです。私が妻とシェアできるのは、家のローンくらいです・・

 

時計はロレックスのエクスプローラーⅠ。この時計には、非常に思い入れがあるとか。

「20歳になった時に、父に買ってもらったものです。一級建築士、そして不動産で成功した父は、常に私の目標なのです。父はすでに他界してしまいましたが、私のビジネスが父に認めてもらえるレベルに達するまで、ずっとしていようと思っています。残念ながら、まだまだですが」

シューズは、ジョン ロブ

「洋服屋にはエドワード・グリーンが好きな人が多いけれど、当店の顧客である経営者の方々には、圧倒的にジョン ロブが人気です。ジョン ロブだけが持つ、独特の“色気”に惹かれるのでしょう。私もその一人です」

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 一見おっとりして穏やかな印象の大和さんですが、その人生は波瀾万丈でした。

「小さい頃は、家族で小さなアパートに住んでいました。ところが中学生あたりで父が事業で成功し、高校生の頃には、毎月の小遣いとして相当額を貰うほどになりました。今考えると本当に恥ずかしいことなのですが、当時は高校生のくせに、ずいぶんと贅沢をしていました。洋服代には、学生としてはありえないような金額を使っていましたね。ただ、この件に関して母親はいつも反対していました」

 

しかし、お父様のビジネスはかなり厳しい時期もありました。

「いろいろと、とんでもない目に遭いました。今まですり寄ってきた方でそんな時に豹変する人もいることを知っていますよ(笑)。でもそのお陰で、私はリッチな人の気持ちも、そうではない人の気持ちもわかるつもりです。それが今のビジネスに、役立っていることは、言うまでもありません」

 

そんな人生のなかで見つけたのは、家族の絆ということ。

「私は家族というものに対して、人一倍思い入れがあります。楽しい時も、苦しい時も、父と母、そして私と妹は、常にひとつの家族として一緒にがんばって来ました。だからこそ、父に報いたいという思いが強いのです」

 

ネット通販の先駆者、セレクトの異端児・・その心のなかに秘められた、熱いハートを感じたインタビューでした。この先も、大和さんの見ている未来を、フォローしていきたいと思っています。

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小学校入学式のときの大和少年。お洒落だったお母様が着せたのは、真っ白なスーツ!