From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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河村浩三さん

河村浩三さん

 NOMADE代表取締役

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シンガポールにてセレクトショップ、コロニークロージングを営まれる河村浩三さんのご登場です。最近は東京・白金にもショールームをオープンされ、シンガポールと東京を忙しく行き来されています。オリジナル・ブランド、コロニークロージングの他、ジャケットのザッコや、ストリート系のサンパース、レディスの水着まで、幅広く扱われています。

 

私自身、シンガポールという街には、とても興味があります。なにしろ、ウチの雑誌、THE RAKEが生まれた国ですから。どうして、あんな常夏の国で、テーラード・スーツばかり出てくる本が生まれたんだろう? といつも不思議に思っていました。

 

「実はシンガポールの人は、あまりジャケットを着ません。一部のお洒落な人たちだけですね。同じ熱帯でも、バンコクの人の方がジャケットを着る人が多いと思います。アジアでも国によって、いろいろ習慣が違いますね」

 

河村さんは、いつもジャケットを着ているのですか? との問いには、

「はい、私はスーツかジャケットを着ていることが多いです。シンガポールはドア・ツー・ドアで動くことが多いので、暑い屋外にいるということがないのです。通勤にはグラブ・タクシーを使っています。逆に日本の夏の方が大変ですね。もう汗だくになります」

 

タクシー通勤とは優雅ですね、というと

「シンガポールのタクシーは安いのです。逆にクルマが高い。先日社用車としてハイエースを購入しようと思いましたが、なんと日本円で1千万円以上もして、買いませんでした(笑)。向こうでポルシェやフェラーリに乗っている人は、本物のお金持ちです」

 

日本とは、いろいろなものの価値観が違うようです。

「例えば、シンガポール人は、家でお手伝いさんを雇っている人が多い。自分で食事を作ったり、掃除をしたりといったことはあまりしません。ウチのショップの女性スタッフの家にも、お手伝いさんがいます。ですから日本人の働くお母さんは大変だな、と思います」

 

シンガポールといえば、富裕層がたくさんいるイメージがありますが・・

「お金持ちの人はたくさんいます。でも皆退屈なのでは? と私は思います。いつも夏だし、国も小さい。日本のような“行楽”がないのです。プールでのんびりして、土日はバーベキューくらいしかやることがない」

 

うーむ。ますますTHE RAKEと離れていくような・・

「しかし、パーティの文化はあるのです。夜な夜ないろいろなところでチャリテイーなどのパーティが開かれ、タキシードやスーツ姿の人が集まっている。こういうところは日本と違いますね」

 

なるほど、だからTHE RAKEのシンガポール版は、真夏にタキシード特集をやったりしているのですね。

 

「それにTHE RAKEのファウンダーのウェイ・コーさんは、大金持ちですから・・」

そうなのです。実は本国版の総編集長は、スーパーリッチなのです。日本版編集長とは全然違う・・(泣)

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スーツとシャツは、英国サヴィル・ロウ、ファーラン&ハーヴィーのビスポーク。

タイは、アトキンソン。

メガネは、ナッキーメイド。

 

時計は、パテック フィリップのカラトラバ。

「実は取材の日やパーティー以外は、時計はしません。サーフィンやヨガが趣味なので、アクセサリー全般をしないのです」

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シューズは、ジョージ・クレバリーでオーダーしたもの。

 

「足元に注目して下さい。茶色の靴に、黒いソックスを合わせているでしょう。実は私は、ファッションではタブーとされている茶と黒という色の組み合わせが好きなのです。昔のボンド映画で、同じ色合わせを見たことがあります」

よく見ると、ネクタイにも茶と黒が使われています。

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 河村さんは大学を卒業してから、長らくビームスで販売や企画を担当されていました。一番気になるのは、そんな彼がなぜシンガポールでお店を開くことになったのか、ということです。

「実は私の学生時代からの親友が飲食ビジネスで成功をおさめて、その海外1号店がシンガポールだったのです。彼に誘われて何度も訪れているうちに、欧米的なものとアジア的なものとの混ざり方が面白いな、と思い始めました。それに近未来的な街並みにも惹かれました。それ以前から『独立すれば』と言われていて、つい『ここなら、いいかな』と返事をしてしまいました」

 

持つべきものは友ですね。しかし、最初の2年間は、ぜんぜんお客さんが来ませんでした。

「シンガポールにはウィンドウ・ショッピングという習慣がありません。買い物は、クルマで店に乗り付けて、またクルマで帰る。だから放っておいたら、誰も来ない。そこでイベントをして、電話やメールでダイレクトに連絡を取って、少しずつお客様を増やしていきました。まさにわれわれが20年前に日本でやっていたようなことです。洋服のカルチャーは、日本のほうがずっと進んでいます」

 

シンガポール、そしてアジアの国々の魅力は、その若さにあるといいます。

「シンガポールをはじめ、バンコク、フィリピン、ホーチミンなどでクラシック・ファッションが盛り上がっていますが、興味を持っているのは、35歳以下の若い人たちです。デザイナーズものと比べて、クラシックを買うような感覚です。まだまだ“これから”の国ですね。それだけに勢いはあります」

アジアでは今クラシックが盛り上がっており、THE RAKE JAPANでもよく特集しています。河村さんは、その台風の目のような存在ですね。

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 世界中で注目されているザッコのジャケット。シンガポールの会社で、ドイツ人が企画し、イギリス人がパターンを引き、イタリアの工場で作られている。シワにならず、涼しく「日本の夏にこそいい」と河村さんが太鼓判を押すジャケット。型はひとつのみ、色は全12色。¥65,000

矢野博也さん

矢野博也さん

矢野工作所 常務取締役

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金沢を代表するファッショニスタ、矢野博也さんのご登場です。矢野さんは矢野工作所という、精密機械部品を製造する工場を経営なさっています。その技術力は高く、世界中にクライアントを持っているそうです。

「イタリアやフランスをはじめ世界中の紡織工場に製品を納めています。テキスタイルの世界では、織機の緯糸を飛ばすのに水を使うのですが、そのノズルの部品は我が社のものが世界一なのです」

専門的すぎてよくわかりませんが、とにかく、ある特定の分野でスゴイ技術を持っているところが強みなのでしょう。技術大国ニッポンの面目躍如といったところです。

矢野さんは、地元のみならず東京でも、ファッショニスタとして有名で、いつも素晴らしくお洒落な格好をなさっています。しかし、これはあるときのイタリア行きがきっかけだったとか・・・

「今から20年くらい前だったと思いますが、ミラノにあるドルチェ&ガッバーナのストアへ行ったのです。私が『試着させて欲しい』というと、『お前みたいな貧弱な体のヤツに、似合う服はないよ』と冷たく言われたのです。そして試着すらさせてもらえなかった。これはショックでした。そこで、日本へ帰ってから一生懸命トレーニングして、体を作って、翌年もう一度同じ店へ行ったのです。そうしたら同じ店員が私のことをキチンと覚えていて、今度は何でも試着を許してくれたばかりか、普通では手に入らない限定アイテムも売ってくれるようになったのです。それからその店員とは、いい友達になりました(笑)」

えええ、マジですか! 今なら有り得ない話ですね。店員も店員なら、一年後のリベンジを果たした矢野さんも矢野さんですねぇ・・。

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 スーツはアットリーニのス・ミズーラ。オーダーは丸の内のビームスにて。

「ナポリの服が好きなのです。ダルクオーレやスティレ・ラティーノなどもよく着ています。ナポリの服は、基本的に胸板が厚く、体が出来ていないと似合わないと思うのです。だから体を鍛える意欲が湧いて来ますね」

確かにパッドや芯地をとことん省いたナポリ仕立ては、着る人の体型を如実にトレースしてしまう服と言えますね。

 

シャツはルイジ・ボレッリのス・ミズーラ。これも丸の内ビームスにて。

「“齊藤さん”という懇意にしているスタッフがいて、ス・ミズーラは、いつも彼に採寸してもらいます。ミリ単位の違いなのですが、彼のサイジングは完璧なのです」

ビームスさん、さすがです。

 

タイはマリネッラ、チーフはムンガイ。もう気持ちいいほどの、モノトーン・スタイルです。

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ホワイトゴールドの時計は“エドワード ピゲ”。かつてオーデマ ピゲが出していた、角形時計の名品です。

「この時計は父親から譲り受けました。私の父は私同様に時計が好きなのです。私がスイスのオーデマ ピゲの工房へ視察に行くと言ったら、こっそりとこの時計を出して来て、『実は俺も持っているんだ』と言われ、驚いたことがあります」

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シューズは、ステファノ・ベーメル。

鞄はご存知、エルメスの“サック ア デペッシュ”私も20年来、欲しい鞄です(たぶん一生買えそうもないけど)

「2年ほど前に、パリの本店で買いました。実は私はサック ア デペッシュという名前を知らなかったのです。しかしショーウィンドウで見て、なんてスゴい鞄なんだろうと思いました。オーラが出ていましたね。そこで即買いしたのです」

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矢野さんは、とても若々しく見えますが、実はもうお孫さんがいます。

「子供たちが巣立って、孫が生まれました。そして50代半ばにして、ようやくエレガントが追求できる歳になったのかなと思います。40代までは、まだトレンドというものに捕われていた。やれブリティッシュとか、ナントカ。何かしらアピールしようとしていた。今日のコーディネイトは、色柄もなく、まったく普通なのですが、やっとこういう格好が出来るようになりました」

 

なるほど、私が存じ上げている、本当にお洒落な方々は、皆同じようなことを仰いますね。

 

そういう矢野さんのお洒落原体験は、お爺さまだとか。

「祖父はお洒落な人でした。年に2回、必ず家にテーラーを呼んで、スーツを誂えているような人でした。外出するときは、いつもステッキを持って、帽子を被っていたのを覚えています。死に際に入院しているときも、病室に時計屋を呼んで、1本買っていましたね。その時計をしたまま、亡くなってしまいました」

 

矢野さんのような人が“オジイちゃん”だとは信じられませんが、きっと彼のお孫さんも、とびきりお洒落な御祖父に感化されていくのでしょうね。