From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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川口昭司さん

川口昭司さん

 マーキス ビスポーク・シューメーカー

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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ビスポーク・シューメーカーの川口昭司さんのご登場です。ウチのフジタが「ここぞ」という時に履いて来るのが、川口さんが作ったシューズです。フジタは人間としては、99%ダメなヤツですが、唯一1%、いいモノを見分ける目だけは天才で、その彼が「いま、一番いいかもしれない」というのがマーキスの靴です。

また私が昔から(もう20年も前から)洋服を作ってもらっている、佐藤英明さんのお気に入りでもあります。佐藤さんの店、ペコラ銀座には昔からマーキスのサンプルシューズが置いてあり、私も以前から「いい靴だなぁ」と思っていました。

 

つい先日、このブログにご登場頂いた福田洋平さんとは、英国での修業時代、“トレシャム”というノーザンプトンの同じ靴学校に通っていたそうです。福田さんの作る靴が、ひたすら「貴族的華麗さ」に溢れているのに対し、川口さんの靴は、また違ったよさがあるように思えます。それは、「美しい朴訥(ぼくとつ)さ」とでもいうのかな。高級ビスポーク・シューズであるにもかかわらず、誠実で、どこか親しみやすいのです。誤解を恐れずに言えば、前者がオスカー・ワイルドであるのに対し、後者は宮沢賢治のような。

 

今回初めて川口さんにお会いして、そのお人柄に接し、やはり作る人の個性は、その作品に出るなぁ、と改めて思いました。

「ぼくは昔から、とても不器用だったんです。幼い頃は、将来モノを作る仕事に就くなんて考えられなかった・・でも、靴作りに器用、不器用は関係ないとも思います。初めて作る1〜2足では差が出るかも知れないけれど、それからは・・」

では、靴作りにおいて、一番大切なことは何ですか? と聞いたら、

「それは情熱です!」ときっぱり。この瞬間に、私も彼の靴を一足オーダーすることに決めました。

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 ジャケットとベストはペコラ銀座。スリーピースとして誂えたもの。

「佐藤さんに初めてお会いしたときは、とても緊張しました。雑誌などでよく取り上げられていた、有名な人でしたから。でもお会いして『気さくな人だなぁ』と思って安心しました。それで靴のサンプルも、置いてもらえることになったんです」

 

タイはイギリスで買った、アンダーソン&シェパード。

「でも中古なんです」とポロリ。

 

シャツはアレッサンドラ・マンデッリ。これもペコラ銀座で扱っている、イタリアのシャツ職人です。

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 時計はロンジンで、お祖父さんからもらったものだそう。ベルトもオリジナルで、昔風にクロコダイルの背中部分が使われています。

「ベルトは何度も替えようと思ったのですが、このゴツゴツしたところが気に入ってしまって・・」

パンツはロンドンでテーラーをやっている友人、「仲良しの、ロバートさん」が作ったもの。

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シューズは、もちろんマーキス。ウィングチップなのにスリップオンという珍しいデザイン。

「太めのパンツに合うように、履き口を浅くしてみました。どうでしょうか?」

撮影時、靴がよく見えるよう、何度もパンツをつまんで長さを調節していたのが印象的でした。

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 フルビスポークのハンドソーン専門のため、どうがんばっても月産は7〜8足が限度だとか。しかしそんな川口さんには、大きな味方がいます。それは奥様の由利子さんです。

「実は彼女も、同じ靴職人なのです。英国トレシャム時代に知り合って、帰国後結婚、そして一緒にマーキスを立ち上げました。スタートした頃は、資金繰りが厳しくて、彼女が手伝ってくれなかったら、どうにもなりませんでしたね」

「二人でいるときも、ぼくは靴の話しかしません。でもそれを聞いて、理解してくれる人がそばにいるというのは、本当に有り難いことですね。本当は退屈だと思っているかもしれないけれど(笑)」

 

もうすぐ2歳になる息子さんにも恵まれて、公私ともに充実している川口さん。その充実ぶりは、確実にマーキスの靴に表れています。今から出来上がりが、楽しみだなぁ!(ちなみに私がオーダーしたのは、フルブローグのブラックのウィングチップ。こういったモデルを勧めるところにも、彼の人柄が表れていますね)

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ショップと工房は長らく江戸川橋にありましたが、この度、念願だった銀座に移転しました。

Marquess

東京都中央区銀座1丁目19-3 銀座ユリカビル8F
TEL/FAX 03-6912-2013(完全予約制)

https://marquess-bespoke.blogspot.jp/

Kaoru “Tony” Komoriさん

 エッセイスト

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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“トニーさん”こと、小森薫さんのご登場です。ファッション業界では、ずいぶんと前から、皆トニーさんのことを知っていましたが、それは「お洒落だから」という単純な理由からで、実際に彼がどういう出自で、どんな人生を歩んで来たのかを知る人は、あまりいませんでした。いわばかつての英国のダンディ、ボー・ブランメルのような存在で、お洒落であるがゆえだけに有名になった、ミステリアスな人でした。

しかし、2102年に自らの半生を語ったエッセイ『Tonyさんの優雅な生活』を上梓されたことで、その背景が明らかになりました。

タネ明かしをしてしまうと、トニーさんは、丸大食品創業者兄弟、故・小森達雄さんのご長男です。達雄さんは、一代で一部上場企業を立ち上げたことのみならず、希代の洒落者としても知られていました。

「オヤジはものすごくお洒落な人やった。死んだあと、ワードローブを整理したら、タキシードが6着、一度も穿いていないズボンが20本もありました。しかも背が高くてハンサムで、女性にもめちゃくちゃモテた。どのくらいモテたかというと、彼が商売を始める時に、『お商売には、資金がお要りでしょう』というメモを添えて、店に札束を投げ込んだ女性がいたくらい(笑)。北新地を歩くと、5メートルもいかないうちに、『キャーッ』と女性が寄って来て、動けなくなるくらいやったんや」

達雄さんの写真が、トニーさんの本に掲載されているので、興味のある方は、ぜひ御覧下さい。

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「オヤジは一人息子ということもあって、僕のことを溺愛してくれてね。ねだれば何でも買ってくれた。しかも期待以上にね。60年代にフランスへ行ったときは、『お前の好きな、剣道の防具入れみたいなカバンがあったから』という理由で、当時誰も知らなかったルイ・ヴィトンのバッグを34個も買ってきてくれたんや」

というから、その他のことも、推して知るべしです。

トニーさんは、「ホンマに、お坊ちゃんやったわ。神戸のボンボンが、そのままオジンになったのが私です」と衒いなく言える、希有な人です。

 

スーツは神戸の名店、コルウで作ったもの。

「オヤジが1970年代くらいに着ていたモノを再現する、というのがテーマ。ハリソンズのクリュクラッセという生地を使って作った。珍しく昔風のピンドットが見つかったのでね。70年代風に広めのラペルで、肩もちょっとコンケーブさせたんや」

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 帽子は大阪・天王寺の西川文二郎さんが作ったもの。リボンのピンドットがスーツとコーディネイトされています。

「足し算のファッションが好き。いまの世の中、みんな『お洒落は、引き算』というけど、あえてモノを重ねる主義。その面白さを伝えたいんや」

帽子に差してあるフラワーピンは、本物のバラを加工して作ったもの。

ブレスレットとラペルピンは、真珠を使ってオーダーしたもの。

「ブレスはタヒチの黒真珠。キズ物を合わせて作ったモノなので、色がバラバラなんやけど、そこが面白いな」

ブルートパーズ×ゴールド製の指輪は、「オヤジの別荘があった」サンフランシスコで買ったもの。

 

シャツはオリアン、やはりピンドットのスカーフについては「ブランドは忘れた。だいぶん前からしている」と。

メガネは白山眼鏡店のチタン製。ウォレットチェーンは、ストラスブルゴ。

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時計はジャガー・ルクルトのレベルソ・デュオですが、時計に関しても豪快なエピソードがあります。

「1970年にスイスで、ロレックス・デイトナ・ポールニューマン・エキゾチックダイヤルを6万円で買った。リーマンショックのあとに専門店に持っていったら、なんと600万円で売れた。100倍やね(笑)。その金を時計屋に持っていって、札束を積み上げて、新品の時計を4本買うたんや」

それらは、黒と白のデイトナ2本、オーデマ ピゲのロイヤル オーク、ゴールドのレベルソだったそうです。

「4人いる甥っ子に、全部あげてしまった。彼らが約束した何かやり遂げた時にね。例えば甥っ子の一人は、『タバコを止めたら、デイトナをやる』といったら、本当に止めたよ(笑)」

はい、私もデイトナをもらえるなら、即タバコを止めます。

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クロコダイルのベルトは、香港のマンダリンのアーケ―ドにあるお店でオーダーしたもの。

ブーツは香港の名店、タッセルズで買った、エドワード・グリーン。

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 実はトニーさんはマスコミ嫌いで、メディアに露出しないことでも有名です。また、服飾評論家や蘊蓄を疎み、本物の経験から来るお洒落を説く人としても知られています。ですから今回、私のブログに出て頂けたのは、ちょっとした“奇跡”だったのです。

しかし、お会いして、じっくりとお話を拝聴して、その印象=“人としての手触り”は、誰かに似ていることに気付きました。こんなことを申し上げると怒られてしまうかも知れませんが、それは故・落合正勝さんです。蘊蓄の帝王として祭り上げられた落合さんは、実は蘊蓄が大嫌いで、自らが服飾評論家といわれることを毛嫌いしていました。

お二人の共通点は、“人に迎合せず、自らの信念を貫き通す”というところです。これこそがダンディズムの真髄であり、今の世の中では、非常に難しいことゆえに、輝きを放つ生き方なのです。