From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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綿谷寛さん

綿谷寛さん

 イラストレーター

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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イラストレーターの綿谷寛さんのご登場です。業界では親しみを込めて“画伯”と呼ばれています。

 

「とにかく幼い頃から、絵を描くこと、そしてお洒落をすることが好きでした。しかしお金がないから、実際に洋服を買うことはできなかった。そこで兄が持っていたメンズクラブを横において、いろいろなコーディネイトを考えながら、ひたすらファッション画を描いていました。あの時の経験が、今でも役に立っています」

 

その後、一時はマンガ家を志したこともあったそうです。

「実家が池袋にあって、近くには手塚治虫先生や石ノ森章太郎先生、赤塚不二夫先生などのスタジオが集まっていました。そこで彼らのところへ、自分の作品を持ち込んだりしていましたね。懸賞へも応募しましたが、いつも“佳作”止まり。どうも自分には、ストーリーテラーの才能はないのだと気付かされました」

 

しかし「一枚絵なら勝負できる」と考えて、イラストレーターの道を選んだそうです。

「穂積和夫さんや小林泰彦さんのようになりたいと思い、セツ・モードセミナーへ入学しました。穂積さんには、よく絵を見てもらったものです」

 

そして21歳のときに、当時創刊したてだったポパイへ売り込みに行って、見事採用。それからはずっと、メンズ・ファッッション・イラストレーター一筋だそうです。

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スーツは、バタクの中寺さんに作ってもらったもの。

「私はどうしてもアメトラのイメージがあるのですが、職業柄いろいろなものも試すんですよ。これも一見アメトラですが、サイドベンツだったり、ベルトレスだったり、ちょっとウエストを絞ったりして、“大人っぽい感じ”にしてもらいました」

 

ベストもバタク。

「白蝶貝のボタンが、タッタ—ソールに似合うでしょう? 往年のブルックス ブラザーズのカタログなどを見ると、昔は皆、この組み合わせだったようですね」

 

シャツはスキャッティオーク。

「ラウンドカラーのシャツが欲しかったのですが、ちょっと前まで、なかなか売っていなくて。これはネットで探して買いました」

 

ニットタイはフェアファクスコレクティブ。

 

チーフは大好きなラルフ ローレン。

「彼も私も末っ子だし、彼の父はペンキ職人で私の父は左官屋、それに彼の生まれたブロンクスって、なんとなく池袋に似ていませんか?」

いや画伯、それは全然違うような・・・

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時計はジャガー・ルクルトのレベルソ。奥様が「家のローンが終わって、ご苦労さん」と買ってくれたそうです。

「でも裏に自分のイニシャルを彫ろうかと思ったら、『あなたに何かあったとき、売れなくなるから止めて』と言われました(笑)」

 

シューズはオールデンのサドル。素材はコードバンです。

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 さて綿谷画伯と言えば、雑誌Beginなどでおなじみの、マンガのようなコミカルなタッチと、正統的なファッション・イラスト=自称“マジタッチ”の二つを使い分けることで知られています。

「デザイナーズ・ブランドに人気が集まるようになってから、日本独自のファッションが増えてきました。それらを表現するには、海外をお手本とせず、むしろ日本ならではの、マンガチックなタッチのほうが相応しいと思ったのです。仕事は、それぞれ半々くらいですが、景気がよくなると、なぜかマジタッチの注文が増える。今またマジタッチの注文が増えてきているので、日本の景気は上向いているのかもしれません」

そういう綿谷さんご自身の景気も、相当よさそうです。

 

ご自宅にて、画伯自らサーブした英国風ミルクティーを頂きながら、お話を拝聴するのはとても楽しかったのですが、「きっとこの瞬間にも、イラストのアガリを、今か今かと待っている、かつての私のような編集者が大勢いるに違いない」と気付いて、早々に退散したわけでした。

尾作隼人さん

尾作隼人さん

 パンタロナイオ

text kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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 パンタロナイオの尾作隼人さんのご登場です。この“パンタロナイオ”という言葉は、尾作さんによって世に広まりました。もとはイタリア語で、日本語だと“パンツ職人”の意味です。

多くのテーラーでは、ジャケットのみを製作し、パンツは下請けに出すのが習わしです。ですから昔からパンツ職人はいたのですが、あくまでも“縁の下の力持ち”的存在であり、十年ほど前までは、パンツ職人そのものにスポットが当たることは、ほとんどありませんでした。

「もともとは、普通のテーラーを志していましたが、パンツ職人になろうと決めたのは、テーラーの上木規至さんに出会ったからです。ナポリ仕込みの彼の作るジャケットを見て、『これは、敵わないな』と素直に思いました。その瞬間、『それなら私は、パンツ一本で行こう』と閃いたのです」

 

しかし先達のいない試みだったので、すべてが手探りでした。この道で食べて行けるのか、不安の中でのスタートだったそうです。

「下請けの仕事を続けながら、自分なりに工夫を重ねました。私のパンツの特徴は、ベルト下を作り込んで腰回りにボリュームを出し、後ろ身頃を長く取って、裾が跳ねないよう落ち着かせることです。しかし一歩間違うと、カッコ悪いシルエットになってしまう。ずっと試行錯誤の連続でした」

その努力が実り、受注は少しずつ増えて行って、今では日本中、いや世界中のファッショニスタが彼のパンツを欲しがるまでになりました。

「ありがたいことに50本以上のバックオーダーを抱えています。納期が延びてしまって、ご迷惑をかけています」と嬉しい悲鳴を上げています。

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ジャケットは、リベラーノ&リベラーノ。タイは昔のブルックス ブラザーズ(こちらはヤフオクで手に入れたそうです)。シャツは南シャツで作ってもらったビスポーク。南さんとは、お互いに品物を購い合っているそうです。

 

シューズは昔のマスタ—ロイド、「もう10年以上も愛用している」重厚なダレスバッグもロイド製です。

「こういうものは若いうちに買って、使い込んでいくのがいいと思って」

いまだにピカピカの革鞄に食指が動いてしまう私には、耳の痛い言葉です。

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そしてトレードマークでもあるウールのグレイパンツはもちろん自分で作ったもの、と思いきや、縫ったのは見習いで、練習用だったとか。

「自分が着る服って、本当に持っていないんですよ。パンツですら、ウールとコットン合わせても、10本もありません。お客さんをお待たせしているのに、自分のものを作るわけにはいかないじゃないですか」

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 尾作さんのパンツはすべて手作りですので、1本作るのに30時間もかかるそうです。月産はどうがんばっても8本が限界だとか。

「毎日夜遅くまで仕事をしています。週に100時間働くこともあります。しんどいけれど、でも辛くはないですよ。パンツを作るのが好きだし、お客さんの喜ぶ顔を見るのが、一番嬉しいですから。パンツ作りは私にとって、コミュニケーションの手段なんです」

 

そのがんばりをきちんと見てくれているのは、今年6歳になるお嬢ちゃん。

父親の仕事は、服を作ることというのは理解していて、先日、

「パパって、ウデがいいから人気者なんだね!」と言ってくれたそうです。

「これは嬉しかったですね〜」と尾作さんもデレデレです。

 

私にも同じ年の息子がいるので、彼の気持ちはわかります。親って子供にホメられるのが、一番嬉しいんですよね(ウチの子も先日、私のことをホメてくれましたが、その理由は「パパはカメを触れるから」というものでした・・・)

 

「一生パンタロナイオとして生きて行こうと決めています!」

そんなお父さんの背中が、お嬢ちゃんには、ひときわ頼もしく見えていることでしょう。

 

※撮影協力=コラボレーションスタイルTEL.03-5579-9403(尾作さんのパンツは、ここでオーダー可能です)