From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

Posts in the category

MENU

ジョージ・ワンさん

ジョージ・ワンさん

 BRIO ファウンダー&オーナー

text kentaro matsuo photography tatsuya ozawa

_ug_4237n

 THE RAKEの本誌でも何度も登場してもらっている北京のジョージ・ワンさんです。中国で唯一ともいえる、本格テーラード・クロージングのお店、BRIOを経営しています。彼のお店が扱っているのは、ダルクォーレ、アヴィーノ、ベーメルなど、世界でもトップクラスのブランドです。

 

ちなみに私が初めて行った外国は中国でした。1980年代前半のことです。香港から列車で深圳、そして広州の街に入りました。当時は、まだ人民服=マオ・スーツを着ている人が多くいて、日本とのあまりにカルチャーギャップに、びっくりしたものです。向こうは向こうで私の格好(その時着ていたのは、確かコム デ ギャルソン)が非常に珍しかったらしく、街を歩くと後ろから人が、ゾロゾロついてきたことを憶えています。

 

それから、30年以上が経ち、中国は彼のようなアジアでも指折りの洒落者を輩出するまでになりました。彼の着こなしの巧みさは、今までの中国人のイメージを覆すものです。われわれが見習うべきファッショニスタでしょう。

_ug_4267

ジャケットはヌンツィオ・ピロッツィ。6年前にナポリにてス・ミズーラしたものです。

「私はイタリアの服が大好きです。柔らかで、人が動いている時に美しく見える。イタリアで一番好きな街はフィレンツェです。ルネサンスの美と文化を感じます。ナポリもテーラーやレストランへ出かけるにはいい街ですが、現地に友人がいないと、楽しむのが難しいところがある」

 

そういうジョージさんは、ナポリにも友人がたくさんいて、そのネットワークがBRIOを立ち上げる際に、大きく役立ったようです。

「私はルビナッチの店を訪ねた、初めての中国人でした。当時のナポリでは、どこへ行ってもそんな感じでしたよ。だから珍しがられて、いろいろと聞かれたのです。そして彼らと友人になりました」

 

フレンチ・オックスフォードのボタンダウン・シャツは、ブライスランズのオリジナル。胸のポケットにフラップが付いているのが特徴です。

_ug_4277

パンツは日本人パンタロナイオの尾作隼人さんが作ったもの。生地はマーティン&サンズです。

「最初はちょっと細すぎるかな、と思ったので、尾作さんと話し合って、ゆったりめのシルエットにしてもらいました。日本人の作るものは、イタリア人とは違ったよさがあります。イタリア人はフィーリングでモノを作りますが、日本人はすべてにおいて正確ですね」

 

ベルトは、イル・ミーチョ。以前この連載にも出ていただいた、フィレンツェ在住の深谷秀隆さんのブランドです。これはBRIOのオリジナルだそうです。

 

メガネはアイヴァン。これも日本を代表するメガネ・ブランドの一つです。

彼のようなアジアの洒落者は、必ずと言っていいほど、日本のブランドを愛用してくれています。

今こそ官民挙げて、日本をファッションと職人の国として売り出す時だと思うのですが、いかがでしょうか?

_ug_4273

シューズはオールデン。黒のコードバン製です。

 

北京で生まれたジョージさんは、小さい頃からアートに興味があって、幼い頃は画家になろうと思っていたそうです。12歳のときにサンフランシスコに移り住み、サンディエゴの大学を卒業しました。ですから一般的な中国人とは、相当違う感性を持っています。

 

「中国ではビジネスの場でも、皆カジュアルな格好をしています。ジャケットにポロシャツといったスタイルが一般的なのです。ですからBRIOのようなショップは、なかなか難しいところがある。しかし顧客の平均年齢は、30歳くらいです。ですから、これから10年、15年と経ち、われわれの世代が社会の中心になる頃には、状況はきっと変わると思いますよ」

 

私も、そう思います。日本もかつてはブランド・ロゴ至上主義的なところがありましたが、市場が成熟するにつれて、派手さはなくても、クオリティのよいものに人気が移っていきました。きっと中国もそうなります。

ジョージさんは1980年生まれですから、今年36歳。まだまだこれから、の年齢です。彼のような若者が、これからのアジアの、そして世界のクラシック・ファッションを牽引していくのでしょう。

 

宮平康太郎さん

宮平康太郎さん

 サルト、サルトリア コルコス店主

text kentaro matsuo photography tatsuya ozawa

_ug_3589

この一見強面の大男が、世界中で話題の売れっ子サルトだとは、誰も思わないでしょう。しかし、その装いを注意深く見れば、彼が只者ではないことがわかります。

 

フィレンツェの“サルトリア コルコス”は、いま最も勢いがあるサルトリアのひとつです。オープンしたのはたった5年前であるにもかかわらず、アメリア、ヨーロッパ、アジア、そして日本から引っ切りなしにオーダーが舞い込みます。その店主が、今回ご登場の宮平康太郎さんです。

「残念ながら、現在新しいお客様は、お受けすることができないのです。2017年に納めるものまで、すべていっぱいになってしまいましたから。クオリティを考えると、どうしてもそうせざるを得なくて・・」

 

人気の秘密は、丁寧なフィッティングとフィレンツェらしい意匠にあります。

「仮縫いは最低2回。納得しなければ3回でも4回でもやります。私の服は何十年も着ることが出来る、伝統的なフィレンツェのスタイルです。そしてお客様の肌の色、体型などを考慮して、こちら側からも積極的に提案をします。それがイタリア流のサルトのあり方だと思います」

 

実は私も、今回初めて一着作ってみたのですが、結構硬めのツィード地だったにもかかわらず、その着心地はとてもソフトに感じます。肩の上にきちんと乗っていて重さを感じず、シルエットが実にキレイなのです。

また彼の提案してくれたツィード地は、私の好みにぴったりでした。

_ug_3629

 ジャケットはもちろんサルトリア コルコス。自慢の生地コレクションから選んだ麻で作ったもの。

「廃業したサルトのデッドストックなどを買い受けて、もう600本くらいストックしています。私の生地コレクションは土臭く、くすんだ感じのものが多いですね。それが田舎であるフィレンツェの街が持つ色なのです。これが例えばナポリあたりだと、もっと明るいブルーなどが多いですし、ミラノだと濃紺や濃いグレイなど、都会的な生地を使うと思います」

_ug_3637

 パンツもコルコス。パンツは以前は自分でも縫っていましたが、今は齢80歳になるおばあちゃんに頼んでいるそうです。

「イタリアでは、すべてについて言えますが、特にパンツ職人は高齢化が激しい。このままだと100年の歴史を誇るパンタロナイオの歴史が終わってしまう」と警鐘を鳴らします。

 

リネンのタイとコットンのシャツもオリジナル。それぞれフィレンツェとナポリの工房へ発注しています。

「タイ生地も自分で探して来たものを使っています。自分でもネクタイやら、トランクスやら、作ろうと思えば作れるんですよ。古い職人は皆そうでした。やっぱりモノ作りが好きなのでしょうね」

 

時計はカルティエのタンク・アメリカン。ストラップをナイロン製の“夏物”に替えています。

「工房を持つきっかけを作ってくれた、イタリアの友人が持っていたものです。私が作ったスーツと交換しました。その人は当時はお金持ちだったけれど、その後ビジネスに失敗して、今はもうスーツは作れなくなってしまった。けれど友人として、いまだにちょくちょく会っています」

新しい客は取らないけれど、古い客は客でなくなっても大切にする。そういったところに、宮平さんの魅力があるのでしょう。

_ug_3642

シューズは、ステファノ・ベーメルで働いている“アキラ君”が作ったもの。

「名字は知らないんです(笑)。こっちは皆ファーストネームで呼び合っているから」

あ、ベーメルといえば“マサコさん”も有名ですよね。

 _ug_3648

さて宮平さんの生まれは1982年ですから、今年35歳です。若いですね。私がかつて在籍していたメンズ・イーエックスが創刊した頃、彼はまだ日本の小学生だったことになります。それが今では遠いイタリアで立派なサルトになり、伝統文化を守って次世代に伝えていこうとしていのですから、本当に感慨深いものがあります。

そういえば、彼の家にも先日“次世代”生まれました。今、四ヶ月の男の子。子供のことを話すときは、さしもの強面も、目尻が下がりっぱなしでした。