From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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木下ジェリーさん

木下ジェリーさん

Andiamo代表取締役社長

text kentaro matsuo photography natsuko okada

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 新進輸入代理店Andiamoの社長、木下ジェリーさんのご登場です。ジェリーさんは、長らくユナイテッドアローズの店頭に立たれていましたので、ご存知の方も多いと思います。188センチの長身でイケメン、そしてとびきりのファッション・センスをお持ちですから、嫌でも目立つのです。

UA時代の経歴は華々しく、弱冠24歳で福岡店の店長に抜擢されてから、常に売上げトップをキープし“伝説の販売員”と讃えられていました。

UAの主要店店長を歴任する傍ら、バイヤーとしても活躍されていました。そのジェリーさんが、この春、満を持してスタートさせたのが、Andiamoです。

 

「ファッション業界では、四十代までは“パシリ”と言われます。一見偉そうに見える人も、さらに偉い人に、いいようにコキ使われているんですよ。そして私は、今年ようやく50歳になりました。そこでこれを機に、本当に自分の着たいものを追いかけてみようと思ったのです」

 

そして出会ったのが、今日お召しになっているスーツを作ったナポリのテーラー、ルカ・グラッシアでした。

「ずっと仲良くしていたフィレンツェのタイ・ユア・タイ(現在フラージ)の、シモーネ・リーギさんに『お前には、特別に教えてやるよ』と言われて紹介されたのが、ルカでした。工場へ行って、すぐに『これは凄い』と思いました。とにかく縫製が丁寧なのです。ファミリー企業で、団結力が強く、昔ながらの方法を頑に守っている。超一流ブランドの最高級ラインのOEMも、数多く手がけていました。しかも、他に比べて数割安い。これは絶対に日本に紹介したいと思いました」

そして、輸入代理店を設立なさったというわけです。

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  私の目から見ても、ルカ・グラッシアの服は、とても魅力的に思えました。ナポリの昔ながらのサルトリアっぽさ満載で、それが却って、実に今っぽい雰囲気を醸し出しています。撮影時にはちょうど展示会をなさっていたのですが、久々に、「いい服だな」と思えるコレクションでした。ダブルのジャケット、それから特にパンツがいいですね。サイドアジャスターが付いたベルトレスで、ボタンフロント、たっぷりとしたプリーツが取られており、エレガントそのものです。ジェリーさんは

「日本にクラシコ・イタリアが紹介された当時、80年代後半から90年代前半の雰囲気がいいですね。あの頃のキチンとした服が、また戻って来ると思います」と仰っていましたが、その意見には、私も100%賛成です。

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シャツは、フライに別注したもの。カラーはロングポイントで、カフスにはボタンが二つ付いています。

タイは、前出タイ・ユア・タイで、10年ほど前に買ったもの。

チーフはピオンボが、シモノゴダールへ別注した一枚です。これも買ったのは10年前。

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シューズはジョン ロブのロペスで、なんと買った直後にヒールを積み直しているそうです。

「私は靴を買うと、いつもヒールを取り替え、ちょっとだけ高く仕上げます。その方が後ろ姿が美しく見えるのです。また年6回ほど出かける海外出張の前には必ず職人にお願いして、靴の化粧直しをしてもらいます。トップリフトを取り替えて、コバを整えるのです。確かにお金はかかりますが、これはもうエチケットだと思っていますから」

毎回の出張前に、いちいちトップリフトを取り替えるなどという人には、初めてお会いしました。ちなみにジェリーさんの靴所有数は凄まじく、「レギュラーだけで300足ほど」だとか。さらに「スーツは50着、シャツは400枚、ネクタイは1000本以上」持っているそうですから、もはや“ファッションの鬼”ですね。

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「お陰さまでルカ・グラッシアをはじめ、当社の服は各ショップのバイヤーさんたちに大好評を頂いています。私が心底惚れて引っ張って来たものを、よいと言ってもらえると本当に嬉しいですね。実はいま、毎日が楽しくて楽しくて、夜も眠れないほどなんです」

 “鬼”はいま、ご自分の仕事を心底楽しまれており、実にゴキゲンのご様子です。

春日秀之さん

春日秀之さん

hide kasuga 1896 代表取締役

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 hide k 1896、パリにBLANC BIJOU(ブラン・ビジュ)などのブランドを主宰する、hide kasuga 1896の代表取締役 春日秀之さんのご登場です。春日さんは、1896年に長野市に創業、今年でちょうど120年の歴史を誇るニッキフロングループの直系4代目の御曹司でもあります。もとは善光寺の門前町にて、麻問屋としてスタートした同社は、さまざまな変遷を経て、現在ではカーボンやフルオロポリマーといった特殊素材を使った高付加価値製品を作っています。新興国マーケット向けにタイにも生産拠点があり、この分野では、国内最大手メーカーとなりました。

化学を専攻し、エンジニアでもある春日さんは、そんな最先端の素材を使って、ライススタイル分野へ新しい市場を創出させるために、バッグやウォレットを初めとするスモールグッズから、彫刻、テーブルウェア、アクセサリーなどを展開しています。

 

メインカットのバックに写っているのは、ニッキフロンの本社工場です。春日さんが指揮して、もともとあった工場をリビルトし、まるで現代美術館のような意匠に仕上げました。とても先端特殊製品を作っている工場には見えません。このエクステリアを見ても、この方とこの会社が、只者ではないことがわかります。

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スリーピースは、ヴァンデスト クラブプリヴェで仕立てたもの。ここは200名限定の会員制の完全ビスポークテーラーで、南青山・銀杏並木の突き当たりに、空間全体が白大理石の広々としたショールームを持っています。私も以前、そのキレイなショールームを外から覗いて「ここは一体何なのだろう?」と首をひねった記憶があります。

「ネイビーが好きなのです。特にナポリのアリストン社が扱うネイビーは、他とはひと味違うよさがありますね」

 

シャツもクラブプリヴェで仕立てたもの。生地はトーマス・メイソンです。

 

タイはジョルジオ・アルマーニ。ネクタイはゼニア、ブリオーニ、そしてアルマーニしかしないとか。特に今は、ラペル幅の狭いスーツを着ることが多いので、ノットの部分が細いアルマーニをされることが多いそうです。

 

ポケットスクエアは、ボルサリーノ。なんと同じものを100枚持っているとか。

「私はシルク製のホワイトのチーフしかしません。しかもふわっとさせるのではなく、ご覧のように折り目を付けて差すのが好みなのです。しかし、こうすると、折り目の部分がだんだんと汚れてくる。そこで、ある程度汚れてくると、捨ててしまい、また新しいものを使うのです。たぶん誰も気付いていないでしょうか、私は“ピュアホワイト”ということに、非常にこだわりがあるのです」

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 なぜ、白にこだわるのか? その答えは、彼のしているブレスレットにあります。この真っ白な素材こそ、春日さんが自社工場で生産するフルオロポリマーなのです。蛍石を原料とし、科学的に非常に安定なため変色することがなく、永遠の白さを保ちます。純白でシルクのような滑らかさがあり、しかもマットでしっとりとした触感を持つ、とても不思議な素材です。

「薬品や熱に強いので、もともとは、インテルのチップをつくる最先端の半導体製造装置の部品に使われる素材です。しかし私はこの白を美しいと思った。そこで、この素材を使って、全く新しい市場を創出するため、彫刻やテーブルウェア、アクセサリーを作ることにしたのです」

 

傍らのトートバッグは、春日さんのもう一つのブランド、hide k 1896より。こちらの素材は独自の技術で開発したしなやかで、触り心地も抜群なソフトカーボンでつくられています。

「カーボンは、日本が誇るラグジュアリーな最先端素材だと思います。世界中のカーボンの8割は日本が供給しているのですよ。レザー製品では歴史ある欧米のブランドに敵わないけれど、カーボンなら日本が世界一なのです。そこでカーボン素材を使ったファッション・アイテムを作ろうと思ったのです」

そういったジャパン・ブランドの心意気が伝わり、ルイ・ヴィトンの商品開発に参画したり、レクサスとコラボしたカーボンランドセルなどを発売して、いずれも大ヒットとなっています。

 

トロリーケースは話題のテクノモンスター。やはりカーボン素材を使っています。

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シューズは、イタリア、マルケのパオロ・マリアーニとコラボしたもの。よく見ると、こちらもサドル部分にソフトカーボン素材が使われています。

 

カーボン製のウォッチケースに入った時計は、IWCポルトギーゼの他、

「祖父の形見のジラール・ペルゴ1966、父から譲られたロレックス・オイスター、そして今しているのはGPの1945です。私にとっては、祖父がしていたジラール・ペルゴは特別なブランドなのです」

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春日さんの父上、祖父上ともに、粋人だったようですが、本格的にお洒落を叩き込まれたのは、お母様からだったそうです。

「母はもともと、大阪万博などでもトップモデルとして活躍したファッションに対して自分なりの確固たる美学を持っている人でした。私は小さい頃から、母親の選んだ服しか着ることが出来ず———それらはすべてトラディショナルなものばかりで———それが不満でした。たまに自分でも当時流行の蛍光色のような服を買って、こっそり着たりしていましたが、母に見つかると、すごく怒られました。当時は『嫌だなぁ』と思っていましたが、今ではその時の経験が、とても役に立っていると思います」

 

それから南仏で過ごした日々も忘れられません。

「2000年当時、エンジニアとして勤めていた会社からの社命により、パリに4年間勤務する前、南仏に約1年間留学していました。エクス・サン・プロヴァンスという南仏の小さな街です。それまでずっと化学をやっていて、男ばかりの世界だったのに、いきなり“太陽がいっぱい”になった(笑)。私のいたクラスには、生徒30人のうち男は2人しかいなくて、他は皆金髪の美女ばかり。毎日モナコやカンヌを中心にコートダジュールへ遊びに行っていました」

この時の経験が、後にルイ・ヴィトンとのコラボやご自身のブランドの創設に結びついて行きます。

 

いやはや“理系”なのにここまでお洒落な方は、春日さんが初めてです。

春日さんは、ファッションとサイエンスという、相容れない世界を繋ぐ、架け橋のような存在です。