From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

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田島雄志さん

田島雄志さん

 

ザ クリーム オブ ザ クロップ アンド カンパニー 代表取締役社長

interview kentaro matsuo photography tatsuya ozawa

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ザ クリーム オブ ザ クロップ アンド カンパニーの社長、田島雄志さんのご登場です。クリーム オブ ザ クロップというのは、英語で「最上の最上」の意味で、その名の通り、世界中の最高級嗜好品を扱っている会社です。

 

なかでも最も知られているのは、ベルギーのチョコレート、ピエール マルコリーニでしょう。毎年のバレンタイン・デーには、店の前に長い行列ができることで知られています。

「最初は全く売れなかったんですよ。売れ残ったチョコを泣く泣く捨てていました。しかし“どっちの料理ショー”というテレビ番組に取り上げられて、一気に火がつきました」

今では田島さんは、チョコレート・ブームの仕掛け人と言われるまでになりました。

 

私が最初にお会いしたのは、キャンディーという会社を通じて、ジョン ロブの輸入をなさっていた頃でした。田島さんは、セルジオ ロッシ、デルヴォー、エドワード・グリーンなど、数々の逸品を手がけてこられた方なのです。インポート・ビジネスは、お手のものだったのですね。

 

ジャケットはアンダーソン&シェパード。あのチャールズ皇太子も顧客リストに名を連ねる、サヴィルロウの老舗です。

「もう30年も作り続けているんです。最初の頃は、全然うまくいかなかった。何着も作って、ようやく合うようになりました。作る方が“おまかせ”ではダメなんです。例えば、『スラントポケットはやらない』とか、彼らも頑固ですから、そこを話し合っていかないと」

 

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ジャケットのラペルホールに付いている赤いピンは、ベルギーの勲章、王冠勲章オフィシエ章の略章だとか。田島さんは、ベルギー政府から叙勲されたことがあるのです。

「ベルギー大使にジョークで、『私もそろそろ勲章がもらえてもおかしくないなぁ』と言ったら、翌年本当にくれたのです。しかし、これを付けていても、バスがタダになったりとか、何の特典もありませんが(笑)」

これはもちろん、デルヴォーやマルコリーニを通じて、長年ベルギーのために尽力なさった結果だと思います。

 

パンツはフィレンツェのジャンニ・セミナーラのスミズーラ。パンツに関しては、A&Sの他に、ルビナッチなどが「よくできている」と評価されていました。

 

シャツはフランス、シャルべのオーダー。

「シャルベのオーダーは、まず1着作って、それをしばらく着させられ、生地の縮み具合を見てから、2着目以降を作るという手間をかけます。そうやって作ったシャツは、少しぐらい太ったり痩せたりしても、ずっと着やすいのです」

 

タイはベルギーのディゴーンが別注したドレイクス。

「ブリュッセルのディゴーンは、今どき珍しいくらい趣味のいい店」

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 カフリンクスは、なんとクロームハーツ。こういうモノにまで目を光らせているところが、只者ではありません。リングは、昔英国で買ったアンティーク。

 

時計は、フランスのオブレイ。シルバー製、クォーツです。

「実は昔、オブレイの代理店をやっていたのです。私は時計の機械には全く興味がありませんが、シルバーが好きなので、ずっとはめています」

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シューズは、パリのジョン ロブのビスポーク。こちらもかつて扱っていらしたブランドです。

「ギリーシューズが好きです。なぜなら紐を緩めると、すぐに脱げるから」

素晴らしい色艶ですね、と褒めると、

「この靴は買った時は、もっと明るいブラウンでした。それに自分でブラックの靴クリームを塗り込めて、アンティーク調に仕上げました。そうやって、自分だけの色にするのです」と。

 

写真の靴は、初めてジョン ロブでオーダーした靴(茶色のストレートチップ)と、趣味のゴルフ・シューズ2点。田島さん曰く

「ゴルフシューズは、決してダブルモンクにしてはいけません。甲部分が動かせないと、うまいスイングができない」そうです。

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これだけの洒落者になる素養は、やはり幼い時からあったようです。

「よくジャケットに半ズボン、そして蝶ネクタイといった格好をさせられていました。母が革靴の紐を“ピン”と結んでくれたのを憶えています」

 

その後、19歳のときに英国へ留学され、お洒落にも拍車がかかります。

「イングランドの海岸都市、ブライトンにある大学へ通っていました。当時はロングヘアで、ロンドンブーツを履いていました。週末になるとディスコへ繰り出して、水着の女の子と踊っていましたね(笑)」

 

青春時代を過ごした影響は大きく、今でも田島さんのスタイルの根っこには、英国があるといいます。

「紳士服は英国で完成されたもの。いろいろあっても、最後はブリティッシュ・トラッドに帰ってくるものだと思います」

 

まさに、クリーム オブ ザ クロップな、着こなし。お見事です。

福島薫一さん

福島薫一さん

リングヂャケット代表取締役社長

interview kentaro matsuo  photography tatsuya ozawa

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今や「世界のリングヂャケット」の社長、福島さんのご登場です。最近の世界的なクラシック・ブームに乗って、アメリカをはじめ、韓国、香港、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどで、リングヂャケットは大人気です。売り上げは右肩上がりで、もはや大手セレクトショップを除くと、海外のセールスのほうが大きいとか。

「伸びているのは、アジアのお金持ちたちが、メゾンブランドから、クラシックへシフトしているからだと思います。ウチの商品は極力副資材を使わず、一枚の生地のように作られている。だから着心地がとてもいい。そこが人気の理由ではないでしょうか」

スーツはリングヂャケットのマイスターライン。袖付けや内ポケットなど主要なポイントで、手作業を駆使して仕上げたモデルです。肩山には手でイセ込んだものならではのシワが寄っていて、一目でハンドであることがわかります。生地はゼニア。

「この夏用に作ったものです。普通の紺では面白くないので、明るめのネイビーを選びました」

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シャツはリングヂャケット ナポリ。ナポリにある工場で縫われているラインです。やはり袖周りのステッチとシワの寄り方が、巷のシャツとは一味違います。

「ナポリは大好きな街で、年に3、4回は行きます。まさにナポリは“ハンドの聖地”です。このシャツもいかにもハンドメイドだと一目でわかるでしょう」

 

タイはフィナモレ。ナポリの本店で買いました。

「ナポリのものには、手縫いの味、街の味、そしてイタリアの味が全部染み出している」と相当な惚れ込みようです。リングヂャケットでは、これからもナポリ製のアイテムに力を入れていくそうです。

 

チーフはオリジナルのコットンメッシュ。

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時計はオーデマ ピゲの復刻版ロイヤルオーク。

「夏場は汗をかくのでレザーベルトだと具合が悪い。そこで金属のブレスで、しかもスーツにも似合うものとなると、この時計になりました。直径が39mmで通常のモデルより、ちょっと小ぶりなところも日本人に似合うと思います」

実は私もまったく同じ時計を愛用しています。選んだ理由も、まったく同じです。

 

ブレスは昔のエルメス。

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シューズはサンクリスピン。ダイヤモンド型のトゥがおしゃれです。ニューヨークのジ・アーモリーにて購入しました。アーモリーでは、リングヂャケットも扱っています。

 

福島さんのお父様は、あのヴァンヂャケットの創設者、石津謙介さんと同郷で盟友だったとか。リングヂャケットとヴァンヂャケットは同時に設立され、その社名も石津さんが命名したものなのです。リング“ヂャ”ケットなのは、そういう理由なのですね。リングヂャケットは、ヴァンヂャケットの製品を作る工場だったのです。

 

「ですから、私は小学校の頃から、全身ヴァンヂャケットを着せられていました。私にとってファッションは、すごく身近なものでした。そんな環境の中で、お洒落をすることが、自然と好きになって行ったのです。中学生の頃は学校の制服の代わりに、黒のコットンパンツに白いボタンダウンシャツを着て行って、先生に怒られたりしていましたね(笑)」

 

当時の憧れだったヴァンヂャケットで、全身固めていたとは、すごい小学生です。

お父様の跡を継いで、社長に就任したのは、1995年のことでした。当時はちょうど日本でクラシコ・イタリアがブームになり始めた頃で、イタリア流の服作りを追求し始め、最終的にナポリ仕立てへ辿り着いたというわけです。まさにクラシックの王道を歩まれて来た方です。

 

「これからも世界に負けない、いいモノを作っていきたい」という頼もしいお言葉で、インタビューを締め括って頂きました。