BOB DYLAN THROUGH THE LENS OF JERRY SCHATZBERG

レンズを通したボブ・ディラン

Thursday, October 25th, 2018

ニューヨーク出身でその後映画監督に転身した写真家、ジェリー・シャッツバーグによる新しい写真集では、

ボブ・ディランの持つさまざまな側面を垣間見ることができる。

ここでシャッツバーグは、イメージとその背後にある思い出を語っている。

 

by aobh o’brien-moody

 

 

マンハッタンのミートパッキング・ディストリクトで撮影された一枚。アルバム『ブロンド・オン・ブロンド』のために撮影されたもののアザーカット。© Jerry Schatzberg. Courtesy of ACC Art Books

 

 

「ずっと一緒だった」、とジェリー・シャッツバーグは答えた。私が彼に、彼と彼の古い友人、ボブ・ディランがヒマなときは、いつも一緒にいたのでは?と聞いたときだ。有名な写真家、そして映画監督である彼は、今年91歳になるが、いまだにかくしゃくとしており、ディランと過ごした日々のことを昨日のことのように覚えている。そして、その日々は、彼の新しい本であり、そのすべてを伝える『ディラン by シャッツバーグ』で、永遠となった。

 

 シャッツバーグが初めてディランに会ったのは、1965年のことだった。彼はディランの曲を何人かの友人に薦められていた。

 

「私は少なくともふたりの友人から、ディランの曲を聞くように、薦められていた。しかしその時、私はとても忙しくて、彼の名前は知っていたが、曲をちゃんと聞いたことはなかった。それでも彼らはしつこく聞くように言って来て、最後には、ディランの曲を聞いてみたんだ。そうしたら、彼のメロディと歌詞に、まるでノックアウトされたような衝撃を感じた」

 

 ほどなくして、彼は彼のスタジオに、音楽ジャーナリストのアル・アロノウィッツとDJのスコット・ロスを迎えることがあり、ディランが話題となった。シャッツバーグは彼らに言った。「もし次にディランに会うことがあったら、ぜひ写真を撮りたいと伝えてくれないか?」

 

 その話はすぐに本人に伝わった。「そして、もう次の日には、ディランの妻から電話をもらって、ディランが撮影に興味を持っていると知らされたんだ」

 

 

 それは思いもかけなかった関係の始まりだった。マスコミ嫌いで知られていたディランだが、シャッツバーグだけには胸襟を開き、彼らの縁は“切っても切れない”ものとなった。友情は、穏やかで気のおけないものだった。そして当時のニューヨークにおけるカルチャーシーンの中心ともなった。ディナーやコンサート、ナイトクラブへ皆とくり出した。

 

「いろんなヤツに会って、仲良くなったり、ケンカしたりした。彼は私を信用してくれて、私はギャング団の一員となったようだった。時には学生時代からの友達みたいだったし、真剣に音楽や人々について語ることもあった。いろんな人と知り合った・・ここでは語りきれないよ。でも40年経った今でも、私たちが当時、何について語り合ったかは、鮮明に思い出せるんだ」

 

 彼らの親密さは、シャッツバーグの写真を見れば一目瞭然だ。どのショットを見てもディランはとてもリラックスしていて、素直に自分をさらけ出しているように見える。イメージはユーモアと親近感でいっぱいだ。彼は夢のような被写体だったとシャッツバーグは言う。周囲にあるものに溶け込み、何にでも自然に接していた。お互いに強い信頼で結ばれていた。

 

「私はモノや小道具でいっぱいのスタジオを用意した。彼にそれらを渡して、彼がそれをどう使うかを見たかったんだ。彼はどんなモノも、とてもうまく使いこなしていた。彼も撮影を楽しんでいたよ。なぜなら、それは半分遊びみたいなものだったから」

 

 

 これらのポートレイトには、ディランの素直でナチュラルな表情が写し込まれている。見たままの彼が、そこにいる。例えば、ペンチと女性の絵を持っていたり、タバコを持って佇んでいたりする写真があるが、そういった写真は、ディランの本質的な何かを切り取っている気がする。

 

 シャッツバーグは、主にスタジオ内でディランを撮影したが、一番有名な写真で、アルバム『ブロンド・オン・ブロンド』のジャケット写真となった一枚は、ニューヨークの街中で撮られた。とても自然な出来だった。それはディランが彼に公式に依頼した、唯一の写真だった。

 

「私は“ブロンド・オン・ブロンド”が何のことだかよくわかっていなかった。まぁ、今でも何のことだかよくわからないけれど・・。でも私は『もちろん撮影はOKだ』と言った。その日は、なんだかスタジオの外に出たい気がして、彼にミートパッキング・ディストリクト(かつて精肉工場があったマンハッタンの地区)へ行こうと誘ったんだ。子供の頃、日曜日の午後に、よくそこへ行って、ステーキとポテトを食べたことを覚えていたから、親しみがあるエリアだった。もともとは屠殺場があったところで、独特の雰囲気を持っているんだ」

 

 その結果、傑作が生まれた。レンガの壁をバックにした、ちょっとピンボケ気味のディランの写真は、永遠に人々の心に刻まれることとなった。

 

「クルマでロケハンしていたら、いい感じの場所があったから、ただそこで写真を撮っただけだった」

 

 

 シャッツバーグとディランが最後に会ってから、すでに長いときが過ぎた。しかし、ふたりは今でも連絡を取り合っている。写真集のなかで発表されたイメージは、音楽界における不世出の天才の本質を捉えるだけではなく、彼らの絶え間ない友情を証明するものでもある。

 

 「私は時にクレイジーで、時にワンダフルで、時にそれら両方を備えている人だった。そんな人間は、一人しかいない。ミュージシャンとしても、友人の一人としても、そんなヤツはディランしかいないんだ」

 

 

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