Thursday, May 24th, 2018

VASILIY AND ETTORE PIACENZA
情熱はDNAによって受け継がれる

ヴァシリーとエットーレ兄弟が、14代続くイタリア、ビエラ地方の名門にして、
ラグジュアリー・ビジネスを牽引するピアチェンツァ家について語る。
text ben st.george photography kim lang

Vasiliy and Ettore Piacenza
ヴァシリー&エットーレ ピアチェンツァ

老舗テキスタイル・メーカー、ピアチェンツァの14 代目。13 代目のカルロ・ピアチェンツァの息子たち。左が長男で、ブランドマネージャーのヴァシリー。右が次男で、素材買付けおよび生産部門責任者のエットーレ。
イタリア、ビエラに位置する、先祖代々の本社の外にて。

 贅沢な生地は、ラグジュアリーのシンボルである。クオリティの高いカシミアやビキューナが持つ、しなやかでリッチな風合いは、豊かさの象徴といえる。そして“ピアチェンツァ”こそ、そういった高級生地の代名詞である。ピアチェンツァの工場は、イタリアのビエラ地方の大草原にあり、夏には美しい花が咲き誇る丘に囲まれている。そこは贅沢な生地を生み出すのに、ぴったりな場所なのだ。会社にとって欠かせないのは、ヴァシリーとエットーレ・ピアチェンツァ兄弟である。ヴァシリーは34歳、エットーレは31歳という若さにもかかわらず、知恵と誠実さに溢れている。

ヴァシリー:「僕たちはピアチェンツァ・ファミリーの14代目にあたります。そして生地を売ることを生業にしてから8代目になるのです」

エットーレ:「ファミリービジネスの世界に入ることは、とても自然なことでした。われわれは子供の時から、この文化に慣れ親しんでいたし、本心からやりたいことでした」
ヴァシリー:「 何か他のことをやろうなんて、一度も考えたことがありません。小さい頃に『大きくなったら、何になりたい?』と聞かれても、決して医者やF1レーサーなんて答えませんでした。私たちはファミリーのビジネスをやりたかったし、早く大きくなって、その一員になりたかったのです。われわれの父や祖父がやってきたように、です」

ヴァシリー:「ピアチェンツァはイタリアで、最初にカシミアを扱い始めたメーカーのひとつです。今でもカシミアは、うちの看板商品です。私たちの曽祖父の兄弟であるマリオ・ピアチェンツァは、世界で初めてヒマラヤのK2に登ったチームの一員でした。彼はその頃すでにテキスタイルの世界で働いていましたから、凍傷にならないよう足をカシミアで巻くようにとすすめたシェルパに、その入手方法を聞いたのです。そして彼はカシミアをイタリアへ持って帰ってきました。それ以来100年間、カシミアはわれわれのDNAとなっているのです」

ヴァシリー:「 私たちはふたりとも、大学では経営学を勉強しました。でも会社のなかでは、別々の役回りをしています。私はピアチェンツァに入る前は、ジョルジオアルマーニのニューヨーク支社にいました。その経験は、ラグジュアリー・ブランドというものを理解するのに役立ちました。ブランド側が、どうやって物事を考えるかを学べたのです。今日の私たちのビジネスは、顧客であるブランド向けに生地を作って、売ることがメインとなっています。ブランド側の立場で働いたことで、彼らが何を欲し、いかにクオリティを重視し、どんな生地を探していて、どれだけのお金を払おうとしているのかがわかるようになりました」

エットーレ:「私も早くから、ファミリービジネスに参加しようと決心していました。父は私を社員にしてくれ、私は繊維や生地というものに、すぐに魅了されました。カシミアやアルパカ、ビキューナなどについてもっと知りたかったので、ペルーや中国、ヒマラヤの草原などで、獣毛について学びました。動物の毛がいかにして美しい繊維に変わっていくのか、その一連のプロセスを見たのです」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 21
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