Wednesday, February 7th, 2018

THE ROARING TWENTIES
ベントレー・ボーイズの伝説

英国車史上、最も輝いていた男たち
プレイボーイで、クルマを豪快に乗り回し、毎日飲み騒いでいた特権階級の一団。
ふたつの世界大戦の狭間に自動車レース界を支配し、
イギリス中を虜にしたベントレー・ボーイズの伝説とは?
text james medd

すべてを持つ男、バーナート

 バーナートはベントレーに資金を提供しただけでなく、チームのスノビッシュなイメージ作りにも貢献した。ギャッツビーの望んだものをすべて持つ男、それがバーナートだった。2歳にして南アフリカのダイヤモンド鉱山を相続した大富豪で、大学はケンブリッジのトリニティ・カレッジを出ていた。
 アマチュアボクシング、テニス、ゴルフ、水泳の分野でも、全国的に名前を知られており、クリケットの腕前も超一流だった。1928年から1930年まで捕手として大活躍していたが、これはちょうどベントレーを駆ってル・マンで優勝していた時期と重なっている。
 そのプレイボーイぶりもすさまじく、タトラー誌やザ・スフィア紙の社交界欄を、たびたび賑わせていた。しかしその反面、ストイックに努力するタイプでもあり、ピットストップの練習を繰り返し、その様子を撮影して何度もチェックしていた。ベントレー社はバーナートについてこう表現している。
「わが社にとって最高のドライバーだったが、当時のイギリス人ドライバーのなかでも最高の選手だった。一度もミスを起こさず、常に計画通り行動していた」

センス抜群なバーキン

 サー・ヘンリー・“ティム”・バーキンは、内気でふさぎ込みやすい性格だったが、スレンダーな体形と抜群のファッションセンスを持っていた。サヴィル・ロウの常連で、ツイードジャケットにグレイのフランネルパンツを好んで穿いていた。レース時には、ダークブルーのスポーツシャツにホワイトのレーシングスーツを着て、その上からベルトを締め、ブルーにホワイトのドットが施された、シルク製のスカーフ(彼のトレードマーク)を巻いていた。
 バーナートのアプローチが慎重だったのに対して、バーキンはクルマに乗ると性格が変わるスピード狂で、自らの限界を試そうとするタイプだった。彼の自叙伝のタイトル『フルスロットル』からも、彼のレース戦略に対する哲学は、十分に伝わるだろう。

ファッションセンスのよさが窺えるバーキンとバーナート、1929年。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 20
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