Tuesday, July 24th, 2018

THE ICON
20世紀のイタリアが生んだ最も偉大だった男
ジャンニ・アニェッリ伝

ビジネス界はもちろん、世界のセレブリティの誰もが憧れる、
ありったけの権力をほしいままにしたジャンニ・アニェッリ。
並外れた美意識も持ち合わせ、イタリア随一の“スタイル・アイコン”に君臨した。その真相に迫る。
text katsumi yabe (UFFIZI MEDIA)

 最近、少々おとなしいとはいえ、ラポ・エルカンはイタリア人らしいアイコンとして、パパラッチの格好のターゲットである。今年4月。愛車で事故を起こしたとき、修理代にいくらかかるだの、隣に乗っていた若い女性はやり手の画廊経営者だったと、金と女が中心のトピックで誌面(『OGGI』)を埋める。エルカン本人の怪我の心配などみじんもない。
 現在、エルカンは、ファッションブランド「イタリア インディペンデント」のオーナーである。ファッション誌にも度々登場し、『THE RAKE』の表紙も飾った男。それでも「そもそも誰なんだ」と思う人も多いのではないか。どうして、メディアがもてはやすのか。理由はその家系にある。エルカンは、フィアット創業者一族であり、イタリアきってのプレイボーイで洒落者のジャンニ・アニェッリの孫。アニェッリの血筋を色濃く受け継いだひとりとして、エルカンの行動にマスコミは反応するのだ。

創造的な紳士のスタイルを体現

 ジャンニ・アニェッリのプロフィールを綴る。本名は、ジョヴァンニ・アニェッリ。1921年3月12日、トリノ生まれ。トリノ大学法学部を卒業したことから、イタリア語で弁護士を意味する“アヴォカート”とも呼ばれる。イタリア最大の自動車メーカー、「フィアット」を創業したジョヴァンニの孫にあたる。ジャンニが14歳のときに、飛行機事故で父親のエドアルドを亡くす。そのため、大学を卒業したばかりの22歳で、祖父ジョヴァンニからフィアット社副社長を命ぜられる。晩年は、イタリア議会終身上院議員も務めた。2003年の死去以後、イタリアのメディアでは、「“王冠を持たないだけのイタリアの王様”。1900年代、イタリアの社会事業や経済界の歴史において、最も重要な人物のひとりである」と紹介されることが多い。
 メンズファッション誌の編集を生業とする者として、アニェッリの人となりを探求する際、イタリアに与えた経済効果も気になるが、やはり、貴族として育ったライフスタイルからにじみ出る、服の着こなしや威風堂々とした立ち振る舞い、果ては、浮名を流した女性たちに興味が向いてしまう。多くの写真やインタビューを交えた書籍、さらに、アニェッリをよく知る周囲の生き字引きから入手したエピソードを紐解き、その着こなしからアニェッリの真髄を読み取る。

Gianni Agnelli ジャンニ・アニェッリ
フィアット元名誉会長。1921年イタリア・トリノ生まれ。本名は、ジョヴァンニ・アニェッリ。祖父はフィアット創業者のジョヴァンニ。父親は後のフィアット社長を務めたエドアルド。7兄弟の長男として誕生。イタリア経済界や政界を超え、世界各国の王族や指導者たちと親交を持った。女優のアニタ・エクバーグやリタ・ヘイワースなど、色恋話も多彩。ⒸGlobe Photos/Aflo

THE RAKE JAPAN EDITION issue 23
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