Friday, October 19th, 2018

THE HERMÈS EFFECT
エルメスのシルク王国へようこそ

エルメスのシルクアイテムが持つ官能的な風合いには、
過去の時代や場所を鮮やかに想起させる力がある。それはエルメスが、
2世紀近くにわたって“洗練”の代名詞であり続けてきた理由だ。
text benedict browne photography kim lang

Christophe Goineau クリストフ・ゴワノー
メンズシルクのクリエイティブ・ディレクター、クリストフ・ゴワノー氏(パリにあるエルメスのオフィスにて)。メンズのアーティスティック・ディレクター、ヴェロニク・ニシャニアンと協調しつつ、メンズシルク部門のすべてを統括する。美しいネクタイやスカーフは、すべてゴワノー氏のインスピレーションより生まれる。

シルク王国の支配者

 古代から、シルクは欧州の上流階級と密接に結びついて来た。ヨーロッパにおけるシルクの本場は、昔からフランスのリヨンだ。15世紀に、ルイ11世がローヌ川をはじめ、地中海沿岸、イタリアなどとの交易路を拓いたのが、そのはじまりである。そして、シルクがひとつの国であったとしたら、王国の支配者たる名家は、間違いなくエルメスだろう。
 エルメスは1937年以来、シルク事業の本拠地をリヨンに置いてきたが、養蚕のパートナーは、ブラジル南部のパラナ州にある。それはエコに特化した農業協同組合で、最高品質のシルクを生産している。シルクを生み出すカイコガのメスは約300~500個の卵を産み、孵化した微小な幼虫は、自らの体重の5万倍もの桑の葉を食べる。その後、幼虫は繭状となり、繭の内部で絹糸を分泌する。1個の繭をほぐしてゆくと、実に1,500メートルに及ぶ絹糸が得られるという。

エルメスは、なぜ高い?

 エルメス初のシルクデザインは“オムニバスと白い貴婦人のゲーム”と呼ばれるものだった。90センチ四方のこのカレ(正方形のスカーフ)は、ボードゲームに興じる女性たちを描いており、周囲に馬車を配することで、馬具工房としてスタートしたエルメスのルーツを表現していた。制作に用いられた方法は、伝統的な木版画だった。
 現在のエルメスは、精巧なテクノロジーと熟練した職人の技を用いてシルクアイテムを製造している。
「エルメスはすべての工程を自社で管理しています。その理由はひとつです。常にベスト・クオリティの仕事をしたいからなのです」
 パリにあるオフィスでそう話すのは、エルメス メンズシルクのクリエイティブ・ディレクター、クリストフ・ ゴワノー氏だ。彼はこう続ける。
「エルメスはクオリティに強いこだわりを持つ企業です。われわれの品は相当に高価ですが、高く売ることを目論んでいるわけではありません。最上のものを追求した結果、こうなっただけなのです」
 この言葉には真実味があり、客観的状況もそれを裏付けている。エルメスはラグジュアリー業界の頂点に立っており、巨大複合企業にありがちな上からの圧力とは無縁だ。ティエリ・エルメスが1837年に創業して以来、ファミリー企業であり続けている。現在の最高経営責任者も、エルメス一族の6世代目にあたるアクセル・デュマ氏が務めている。
 ゴワノー氏は、アーティスティック・ディレクターであるヴェロニク・ニシャニアンのメンズ部門からは独立した、メンズシルク部門を監督する立場にある。
「ヴェロニクとは、お互いにさまざまなやり取りをしています。デザインやパターンについて、いつも話し合っています」とゴワノー氏。
 毎シーズン、ふたりはミーティングを行い、メンズシルクの展開と方向性について話し合う。
「ふたりともディテールにこだわる性格で、いつも何か違うことをしようと思っているんです」
 別部門として運営することは、エルメスのシルクアイテムにおける表現の自由度を高めている。毎シーズン、デザイナーたちは新しいデザインを10点以上制作する。過去のクラシックなデザインも再登場する。同社では、7万5000以上のカラースキームを駆使でき、ひとつのデザインを多種多様な形で表現することが可能である。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 22
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