Tuesday, August 14th, 2018

STYLE HEROES: ANDY WARHOL
アンディ・ウォーホルのスタイル

アンディ・ウォーホルがもし生きていたら、今年90歳の誕生日を迎えていたはずだ。
アーティストが体現した、エレガントかつアバンギャルドなスタイルに、今こそ学ぶべき時なのだ。
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 アーティスト、広告屋、カリスマ・・
アンディ・ウォーホルの名前は、20世紀のカルチャー・シーンを代表するものだ。彼がポップアートやファッション界へ与えた影響は計り知れない。
 1991年のヴェルサーチのショーでは、ウォーホルが描いたモンローやジェームス・ディーンが鮮やかにプリントされていた。2004年のダイアン フォン ファステンバーグの“ポップ・ラップ”コレクション、ジェレミー・スコットがモスキーノのためにデザインしたシリーズもよく知られている。
 ウォーホルが死んでから、30年以上が経つが、いまだに彼を取り扱った記事は多いし、ブランド・ロゴや鮮やかなグラフィック・プリントなど、彼のアートをモチーフにした作品も目立つ。ウォーホルの築いた美学は、われわれのDNAとなり、これから何十年も生き続けていくのだ。

 ウォーホルのアートと同じくらいファッションに影響を与えたのは、彼自身の格好だ。他の多くのセレブ・クリエイターたちと同様に、彼は彼自身の強烈で個性的なスタイルを持っていた。皮肉なことに彼のファッションは、鮮やかなプリント作品の美しさとは、まったく異なる美学に貫かれていた。彼は派手な色を好まず、無彩色の服ばかりを着て、革のジャケットと暗いサングラスを愛用したのだ。
 トレードマークであるシルバーのかつら、青白い肌と痩せこけた顔により、ウォーホルは別世界から来たように見えた。彼は有名なニューヨークのクラブ、スタジオ54に入り浸っていたが、派手なゲストたちのなかで、地味な彼が異様な存在感を放っていた。

 ウォーホルは、自分をどう演出すべきかを心得ていた。
「ファッションとは、どこかへ出かける時に、身に着ける何かではない・・それは出かける理由そのものなのだ」
 彼はさまざまな人を観察するのを好んだ。彼自身は派手な格好を避け、極力地味な装いを好んだ。
 1977年に出版された自伝的著作『ぼくの哲学』(新潮社刊、落石八月月訳)では、
「ぼくは普通のかっこよさが1番好きだ。まず“カッコ悪い”のは嫌だが、ただ、“普通”でいい」と述べている。
 ウォーホルの場合、その装いはシンプルであったが、決して退屈ではなかった。彼のワードローブは、タイムレスな定番商品によって構成されていた。しかし、卓越したセンスとコーディネイトによってトレンドを超越し、その着こなしは半世紀経ったいま見ても新鮮だ。
 ブルトン・ストライプのロングTシャツやポロネックが彼のお気に入りだった。これに黒のジーンズとチェルシーブーツを合わせていた。これは今日でも、鉄板的な組み合わせとなっている。
 こんな控えめなコーディネイトに、小物でスパイスを利かせるのが彼のやり方だった。クリアフレームのメガネや、ホーン製の丸いサングラスをかけて、40個以上も持っていたといわれるシルバーのかつらを被った。レザージャケットやサファリジャケットもお気に入りのアイテムだった。シンプルでクラシックなワードローブが、着る人の個性を際立たせた。
 ドレスアップする際には、シャープでスリムなカットのブラックかネイビーのスーツに身を包んだ。ドレスシャツで彼が贔屓にしていたのは、英国のターンブル&アッサーだ。もっとフォーマルなオケージョンでは、模様のついたネクタイやボウタイと合わせていた。
 こういった地味な装いが、かえって着る人の類まれなるキャラクターを際立たせていた。彼は何を着ていてもクールだった。もちろん誰も、ウォーホル並みの存在感を放つことはできない。しかし、彼が好んだワードローブを知り、アーティストのスタイルに学ぶことは可能なのだ。