September 2016

SLAVE TO LOVE

孤高の天才、プリンス

ジミ・ヘンドリックスのようにギターをかき鳴らし、ジェームス・ブラウンのように踊って
万人を魅了する。プリンスには「天才」と呼ばれるアーティストならではの
独特な世界観がある。憧れの存在でありながら、いつも謎めいていた。
text stuart husband
Issue12_P49

カリフォルニアのザ・フォーラムでステージに立つプリンス(1985年)

 コンサートの冒頭に登場したのはパープルのフォード・サンダーバード。ウェンブリー・アリーナのフロアに乗り上げ、勇ましいドラムのリズムに合わせて円形のステージを周回する。扉が開くと、大きなボタンをあしらった水玉模様のホワイトスーツを着たプリンスが登場した。

 その後方で、ダンサーのキャット・グローバーとドラマーのシーラ・Eがバーレスク風のロデオガールの恰好をして足並みを揃えている。そこにプリンスも加わり、カーマスートラの体位を思わせるさまざまなポーズを2分間あまり繰り出す。ようやくマイクに近づくと、一呼吸置いてから、いつものようにセクシーに唇をなめ、「Erotic City」をゆっくりと歌い出した。

 プリンスのLOVESEXYツアー(1988年)が始まってほんの数分で、私の中では相反するふたつの思いが生じていた。ひとつは、今まで観てきたライブの中で一番エキサイティングなものだと確信したこと。もうひとつは、それにもかかわらず私はセックスのあとのように燃え尽きてしまったという思いだった。これからまだ、「When Doves Cry」や「Kiss」、「Let’s Go Crazy」、そして大ヒットした「Purple Rain」はもちろん、「1999」まで、あと31曲も残っているというのに。

 数時間後、すべてが終わりに近づくとプリンスはまたクルマに飛び乗り、興奮しすぎて咽び泣く観衆を残して姿を消してしまった。私の脳内はエンドルフィンで完全に満たされていたが、完璧なスペクタクルを目の当たりにし、「天才」という言葉のみがかろうじて思い浮かんだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 12
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