Wednesday, August 22nd, 2018

RETURN OF THE PRODIGAL
フジタ、その愛と芸術

女性と猫を愛したパリの異邦人

 家族には3年間の滞在という約束で1913年8月、藤田はパリで荷を解いた。モンパルナスに居を構え、他の画家と交流して芸術的刺激を受けながら、伝説の放蕩で知られたダンディ、バロン薩摩の知己を得るなどして、初めての個展を開いたのは1917年のことだった。
 浮世絵を通じてジャポニスムが半世紀以上も前から絵画の世界でもてはやされたパリで、西洋風の主題を東洋風のテクニックで巧みに切り取って見せる藤田の作品は、瞬く間にその第二波として注目を集めた。芸術家たる者は身に着けるもの一切も芸術品たれという考えを持っていた藤田は、第一次大戦後の好景気と平和に沸く狂乱の時代のパリで、まさしく寵児として、かつ奔放なダンディとして知られた。日本で駆け落ちまでした妻がいたにもかかわらず、パリではモデルを務めた女性を次々と伴侶として迎えるなど、女性遍歴も派手だった。
 中でも有名なのは、前々頁の裸婦画に描かれたリュシー・バドゥ、その肌の白さゆえに藤田が好んで「ユキ」と名づけた女性だ。この作品の前年、藤田は当時のパリの有名人、モンパルナスのキキをマネのオランピア風に描いてセンセーションを巻き起こし、その裸婦画には破格の高値がついた。ユキを描いたこちらは、いわば私家版のような1枚といえる。藤田とユキはモンパルナスのセレブ・カップルとして、あらゆるパーティに顔を出していたという。実際、藤田の絵画作品で、すぐれて他の画家と異なる特徴として高く評価されていたのも、この透き通るような、独特の艶めかしい乳白色だった。彼はべビーパウダーや硫酸バリウム、炭酸カルシウムや鉛白を用いて、このニュアンスを生み出していた。
 もうひとつ藤田の技巧的特徴は、きわめて細い面相筆で輪郭を墨の濃淡でもって描くことだが、ときに精緻に、ときに軽く迷いのない調子で猫を描くのに、ことさら効果的な方法だった。
 藤田の絵には驚くほどの頻度で猫が登場し、その柔らかな毛並や、目まぐるしく変化する多彩な表情を実に仔細に捉えている。猫そのものが題材のこともあれば、自画像にも猫は画家と一緒に登場するし、猫を抱いたり隣に伴った少女や裸婦の肖像画も、多数残した。つまり演出の道具というよりは、猫そのものが絵の中で重要な存在を引き受けている、そんな扱いなのだ。
 中でも有名な猫は、藤田がいつものように夜通しのパーティの後、帰宅途中の明け方モンスーリ公園で見つけ、アトリエまでついてきた末に居ついてしまった、虎毛の1匹だ。藤田はこの虎毛を「三毛」と呼んで可愛がった。自画像の中でも、画家の腕に抱えられていたり、着物の合わせから顔だけ出していたり、背後からじゃれていたり、さまざまな姿態を見せる。藤田がかくも猫を好んだ理由は、その媚びないところ、気ままでときには頑固で怠惰といったところに、自らを重ね合わせたという話も多々あるが、生前、あるフランスのジャーナリストにこう述べたという。「神が男性に猫を与えたのは、猫を通じて女性のことを学ばせるためだ」
 確かに猫は、苛烈で残酷な一面を隠しもっていることもあれば、撫でられて急に上機嫌で甘えもするし、まるで無関心といった体のこともある。この発言は、現代のフェミニズムのロジックや文脈からすれば、声高に糾弾されそうな男性的視点のようにも見える。だが、藤田の描くさまざまな猫の姿から垣間見えてくるのは、むしろ禅でいう本来無一物のような、しなやかで融通無碍に外界と関わる思考や邪気のなさであり、逆に西欧風にいえば、イノセンス(無垢)またはインテグリティ(純潔性)といった概念だろう。主題や技法では洋の東西に軽々と跨りつつも、悟りと敬虔がシンプルに洗練された形で溶け合うところが、画家として藤田が孤高の独立峰たるゆえんといえる。

マネの『オランピア』よりズームした構図で、ユキの上半身を捉えつつ、藤田独特の乳白色のニュアンスをよく示す作品。
Femme allongée, Youki Léonard Tsu guharu Foujita, 1923, huile sur toile Collection particulière
© Fondation Foujita / Adagp, Paris, 2018

猫を抱いた自画像。丸眼鏡とおかっぱの前髪が、藤田嗣治のトレードマークだった。Portrait de l’artiste Léon ard Tsuguharu Foujita 1928, huile et gouache sur toile Paris, Centre Pompidou – Musée national d ’art moderne – Centre de creation industrielle
© Fondation Foujita / Adagp, Paris, 2018 – Photo © Centre Pompidou, MNAM-CCI, Dist.

THE RAKE JAPAN EDITION issue 23
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