Monday, October 23rd, 2017

PRINCE AMONG MEN
20世紀を代表するプリンス

貴族に生まれ、5カ国語を操り、ハリウッドの帝王とも本物の王族とも
ファーストネームで呼び合う間柄だったら……そんな想像をしてほしい。
マルベーリャ・クラブの創業者、プリンス・アルフォンソは、まさにそういう男だった。
text nick foulkes

「私は社交界と縁が深いし、いわゆる“ジェットセッター”だが、プライベートジェットは所有したことがない。でも、貨物機は3機持っているし、スペイン、オーストリア、メキシコのパイロット免許も持っているよ」
 2001年暮れにマルベーリャ・クラブの伝説的な創業者、プリンス・アルフォンソ・フォン・ホーエンローエにインタビューしたときの記録が、先日たまたま出てきた。この言葉は黄ばんだタイプ用紙から選んだものだ。
 エリザベス2世の戴冠にあたってチャーチル元首相と専用列車で16時間かけてポーツマスへ赴いたときのエピソードも捨てがたい。戴冠式では賓客として特別待遇を受けた。一族の家長が、フィリップ王配の姉と結婚していたからだ。若い頃にフレッド・ペリーとテニスの腕を磨いたという逸話も興味深い。
「私は幸運なことに、ごく若いうちに世界の一流選手とプレイする機会があった」とアルフォンソは語った。
 サウジアラビアの王族と親しくしていたおかげで、スペインに有利な原油取引をまとめられたという話もしてくれた。
 彼の周囲には20世紀を代表するセレブが何人もいた。アリストテレス・オナシスとクルージングに出かけ、100万ドルの取引について聞いたこともあったらしい(100万ドルにまだそれなりの価値があった時代の話だ)。
 アルフォンソはマルベーリャ沖でスピードボートに乗っている様子をよく写真に撮られてはいたけれど、船舶事業に手を出したことはない。しかし、義理の叔父であるジャンニ・アニェッリと同じく自動車業界には携わっていたし、最後のカレラ・パナメリカーナ(メキシコを縦断する2,500kmの過酷なコースが有名なロードレース)にも参戦した。
 なかでも私が好きなのは1台の車にまつわるエピソードで、甥のパブロから聞いた話だ。パブロは、スペインのロンダ近郊にあるプリンス・アルフォンソのワイナリーの敷地内でおんぼろのフェラーリを見つけた(言い忘れていたが、アルフォンソはワイン醸造家でもあった)。
 アニェッリのために造られ、アルフォンソが買い受けたフェラーリは、長年放置されていたらしい。パブロがこの車を掃除していると、なんと車内からブラジャーが出てきた。それを見たアルフォンソは「どこに行ったんだろうと思ってたんだよ」と言ったという。
 半世紀前、アルフォンソは魅力的な若いアメリカ人女性をドライブに連れていった。彼は猟銃を車に積んでおり、子鹿を見つけると一発で仕留めた(彼は射撃の名手でもあった)。獲物を焚火でローストしているうちに夕闇が迫り、やがて彼と連れの女性はフェラーリのフロントシートでからみ合った。
「あのフェラーリには灰皿がないだろう。最中に邪魔だったから、むしり取って投げ捨てたのさ」とアルフォンソ。
「連れは誰だったんだい?」とパブロが尋ねた。
「お前は知らないだろうな。若い女優さ。キム・ノヴァクっていう名前だったよ」

プリンス・アルフォンソ・フォン・ホーエンローエと妻のイーラ・フォン・フュルシュテンベルク(1950 年代頃)

THE RAKE JAPAN EDITION issue 18
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