Monday, April 8th, 2019

Photographer Elliott Erwitt -Interview-
写真家エリオット・アーウィット インタビュー
“伝説”が語ったこと、写したもの

20世紀の写真史を代表する巨匠が本誌に語った独占インタビュー。
60年を超えるキャリアを経た今も衰えぬ写真への情熱と撮影術。
text yoshimi hasegawa photography ©Elliott Erwitt / Magnum Photos

 ニューヨークは夢が叶う街だと人はいう。それがニューヨークの魅力だと。だが、私にはそこは見知らぬ遠い街だった。昨年もナポリにいてインタビューの機会を逃し、今もニューヨークに向かう機内で、その確約が取れずにいるのだから。
 飛行機が着陸体制に入ると、窓の外に、忽然とニューヨークはその姿を現した。水面に浮かんだトレーのようなマンハッタン島、立ち並ぶ摩天楼のシルエットが靄の中に浮かび上がる。不思議な既視感が私を襲った。私はここを知っている。この思いはどこから去来したものだろう。
 ニューヨークの猥雑な地下鉄のホームにいた時、そのメールは舞い込んできた。「エリオット・アーウィット氏のインタビューの許可がおりました」
こうして私の夢は叶うこととなった。
 セントラルパークに面した建物の1階に彼のスタジオはあった。ドアマンに尋ねると、呼び鈴を押せと言われた。呼び鈴の下には「ELLIOTT ERWITT ENTERPRISES INC.」と鈍く光る真鍮のプレートの文字。それは現実と創造の世界を隔てているドアのように思えた。
 20世紀の写真史に名を残す伝説のフォトグラファー、エリオット・アーウィットは2018年7月26日に90歳を迎えた。ジャーナリズム、コマーシャル、フィルムと、いずれもその第一線で60年以上にわたり活躍。世界的な写真家集団マグナムの中核を担い、報道記録という意義を超えた「ヒューマニズム」を、写真による芸術表現によって追求。誰もが持つだろう、人生の決定的な瞬間をユーモアとアイロニー、温かさと美しさで表現した写真は世界中で愛されている。
 最初の質問は初めから決めていた。
 90年間、エリオット・アーウィットでいるのはどんな気持ちなのだろうか?
 その目は一点の曇りもなく、飄々とした口調で「実に長い時間だ。できるなら50歳に戻りたいよ」と答えた。「50歳の時はもっとエネルギーがあって、もっと色々な場所へ旅行できた。まだまだ私にはやりたいことがあって、残された時間は少ない。私はよく旅行をした。旅行をすると新しいことを知ることができる。写真を撮る時に必要なのは新しいことに驚くこと、学ぶこと、違う人々や習慣に言葉、見慣れているものと違うものを見ることだ。その違いが人生の面白さだ」
 写真を撮ることに飽きたことは?
「今のところ、まだ、飽きてない」
“No, not yet.” と彼は言った。「なぜ写真を撮るのかといえば、クライアントのため、仕事のため、ただの趣味として。私にとって写真を撮るのは喜びだから」
 激動の20世紀の証人である写真家は60年を超えてもなお、撮影したいという。その衰えぬ情熱に感動を覚える。
 1947年に創立されたマグナムは2017年で70周年を迎えた。20世紀の写真史に残る名作写真を生み、あらゆる歴史的瞬間を記録してきた。だが、彼の作品は戦争の悲惨さを描いた写真とは全く異なる。
「戦争の写真は私は撮らない。見た人が傷つくだろう。それは私はやりたくない。戦争写真家になるのはそれしか写真を撮る仕事がなかったからという人もいる。私は初めから興味がなかった」
 彼の写真に共通する温かさやユーモアはこうした本人の資質によるものだ。
 決定的な瞬間を捉えた多くの写真は既に頭の中で思い描かれていたのだろうか。
「写真を撮る時に先入観はない。その時の状況を見て、写真に撮る。いい写真であってくれたらと思い、撮り終えて結果をみる。デジタルではあまり撮らないし、フィルムだと数日待つこともある。そして、ある時、サプライズがやってくる」
 ある瞬間を一枚の画像に封じ込める、その時、自身の感情は関係する?
「自分の感情が助けにはなるが保証はない。もちろん、常に挑戦する。それがうまく作用すれば、その写真は成功だ」
 ほとんどの場合、成功では?
「釣りと同じで時には成功するし、時には成功しない。むしろ成功しないほうが多いが、挑戦しなければ成果はない」
 素晴らしい写真を撮る、その秘訣は?
「それはわからない。それが写真を撮るということだ。正しい瞬間、正しい構図、よいプリント、さらに好奇心、テーマや状況に対して鋭敏な感覚を持っているか、そのすべてをどのように使うのか、その捉え方が重要だ」
 最後に読者へのアドバイスは?
「写真を撮る才能を伸ばすにはとにかく写真を撮ること。たくさん撮る必要はない。興味深いテーマでよい写真を撮ることだ。だって今は誰もがフォトグラファーなんだから」と笑った。「実のところ、アドバイスは好きじゃない。誰も興味ないだろう? それより、君はフォトグラファー? 写真は好きなのかな?使うのはどんなカメラ? スペシャリティは?」
 矢つぎ早にたずねる彼の目には時間が足りないと嘆く巨匠の苦悩はない。写真を撮る時の純粋なきらめき、対象と向き合う真摯で純粋な眼差し、写真を撮る者なら誰もが感じる、その瞬間を捉えたいとただひたすら願う高揚がある。
 突然、ここで私は気がついた。機内で私の胸に去来したニューヨークの摩天楼、あれはエリオット・アーウィットの写真のイメージだったのだ。
 美しい写真は世の中に数多ある。しかし心に残る写真は限られている。エリオット・アーウィットの写真は美しいだけではない。一度見たら忘れることはない、心の奥の感情を揺さぶる何かが映し出されている。そこを訪れたことがなくとも、映し出された情景、その写真の背後に潜む感情が喚起され、繋がる。その瞬間、それはただの美しい写真ではなくなる。そこにあるのは人間の普遍的な感情であり、その写真は人生の一部となる。

Elliott Erwittエリオット・アーウィット
1928年ロシア系移民の子としてパリに生まれ、ミラノで幼少期を過ごす。39年アメリカに移住。ロサンゼルス私立大学で写真を学ぶ。その後ニューヨークに移り、ロバート・キャパに認められ、53年マグナムに参加。68年から3年間代表を務める。世界中で大規模な個展が開催され、その功績は高く評価されている。

1956年に撮影された初期の代表作「カリフォルニア・キス」。サイドミラーに映る幸福そうなカップルの顔、海沿いに停められた車、50年代の西海岸、アメリカンドリームを鮮明に捉えた、斬新な二重フレームの構図を持つこの作品は一度見たら忘れることはない。

アーウィットも参加する“HOME”プロジェクトとは?
マグナムの設立理念であるヒューマニズムの追求。その源泉である「HOME」をテーマに、16 名のマグナムの写真家が「HOME」が意味するものを個々に表現した富士フイルムとの共同プロジェクト。2018 年3月より世界7都市を巡回する写真展を開催。記念写真集も出版。
www.home-magnum.com

THE RAKE JAPAN EDITION issue 26

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