Thursday, May 24th, 2018

PARADISE FOUND
男爵が作った島

1950年代まで、マスティク島は2~3平方マイルの砂地に、野生の牛が暮らす場所だった。
だが今や、カリブ海に浮かぶこの島は、富と地位を持つセレブの隠れ家となっている。
この変革を成し遂げた男は、並外れた意志の強さと財力を兼ね備えた英国貴族だった……
text james medd

ミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイも

 当初の居住者の多くは、非常に裕福な人々だった。彼らを引きつけたのは、テナントの仕込んだ華やかなビーチピクニックだけでなく、彼が実現していた島の免税地化だった。しかし、その暮らしぶりは5つ星ホテルというよりも、必要最低限の生活に近かった。世界各地を巡り、テレビタレントとして活躍していたアラン・ウィッカーも、来島した際、衝撃を受けてテナントにこう尋ねた。
「蚊に食われて、全身虫よけ剤まみれですよ。これのどこが楽園なんです?」
 マスティク島は驚くほど質素だった。ザ・ローリング・ストーンズのビジネスマネージャーであるプリンス・ルパート・ローウェンスタインも、島によく出入りしていたひとりで、70年代初期には「イングランドの南海岸か、ノルマンディーにある休暇村のような雰囲気だ」と述べた。
 しかし、人々は島を訪れ続けた。70年代初期の来訪者の中には、ポール・ニ
ューマンやラクエル・ウェルチがいた。テナントは、外見的魅力を備えた者だけが土地の買い手として認められるという噂を流したり、ヘリコプターで島の上を飛行した野暮な男を追い払ったエピソードを披露したりして、大げさな宣伝を続けた。
 そんな彼にとって、マーガレット王女に次ぐ強力な後押しとなったのは、島の北側にミック&ビアンカ・ジャガー夫妻が和風の家を建てたことだった。夫妻の存在は、島にスタジオ54のようなきらめきをもたらし、他のスターたちの心をとらえた。
 デヴィッド・ボウイも、島に自分のヴィラを建てた。ブリタニア・ベイ・ハウスと呼ばれたこのヴィラは、日本と北欧の様式を取り入れ、多くの部屋を持っていた。島にはフランス風シャトー、ポストモダン建築といった、奇抜な建築物が建ち並ぶが、ボウイのヴィラはひときわ目立つ存在だった。かつて彼は、アーキテクチュラル・ダイジェスト誌にこう語った。
「あれは思いつきを形にしたものなんだ。マスティク島はファンタジーの島だからね」
 マスコミが一切入れなかったことで逆に尾ひれが付き、島で乱痴気騒ぎが行
われているという噂がしつこく流れた。マーガレット王女がロディ・ルウェリンとの情事に島を利用したことにより、噂はさらにエスカレートした。あまりにあからさまな王女の態度に、彼女の夫は、「君を予告なしに訪ねるぞ」と脅したという。労働党のデニス・カナヴァン下院議員は、王女の振る舞いについて議会で不満をあらわにし、「支出の削減を要請されているわれわれを尻目に、彼女はボーイフレンドと楽園の島へお出かけだ」と発言した。
 事態の真実を知る人物のひとりが、自身の名を冠したビーチサイド・バーを30年にわたって運営したバジル・チャールズである。近隣のセントビンセント島で生まれた彼は、マスティク島を訪れる富豪や貴族にとって、バーの主人から親しい友人へと変化した。また、彼は長年にわたり、かつてデビュタント・オブ・ザ・イヤーに選ばれたロイストン伯爵夫人、ヴァージニアと生活をともにした。さらに、チャールズがマーガレット王女と親しい間柄であるという噂も絶えなかった。

デヴィッド・ボウイの家(1994年)

バジルズ・バーのカウンターに立つバジル・チャールズ(1972 年)

THE RAKE JAPAN EDITION issue 22
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