Thursday, May 24th, 2018

PARADISE FOUND
男爵が作った島

1950年代まで、マスティク島は2~3平方マイルの砂地に、野生の牛が暮らす場所だった。
だが今や、カリブ海に浮かぶこの島は、富と地位を持つセレブの隠れ家となっている。
この変革を成し遂げた男は、並外れた意志の強さと財力を兼ね備えた英国貴族だった……
text james medd

マーガレット王女のわがまま

 テナントに明確なプランはなかった。一時はシーアイランド・コットンの栽培にも手を出したが、生産量は乏しく、自分のシャツとパジャマをターンブル&アッサーで仕立てたら、何も残らなかった。しかし、彼には宣伝の才能があった。その才を発揮したのは、1960年のことだ。マーガレット王女の旧友であったテナントは、スノードン卿と結婚する王女に、結婚祝いとして島の土地をプレゼントしたのだ。好奇心を抱いたマーガレット王女は、ロイヤル・ヨット・ブリタニア号での新婚旅行中に、新たな土地の検分に訪れた。王女が受けた第一印象は芳しくなかった。
「まるでケニアのような島でした。私たちは、1本しかない道路を車で移動し、ヤブ蚊だらけの場所に座ったのです」と、王女は後に回想している。
 スノードン卿は二度と来島しなかったが、マーガレット王女は、なぜかこの島を気に入った。10年後、自分の王国を建設し続けていたテナントのもとに、王女は戻ってきたのである。滞在場所は相変わらず質素だったが、今回は王女のお気に召した。
「停電も不定期に起きました。ですが、私は気にしなかった。あそこは日常を離れるための場所でしたから」
 それから30年にわたり、王女は毎年島を訪れた。彼女はプレゼントされた土
地に家を建てるよう、テナントにせっついた。家の建設は当初の約束には含まれていなかったが、テナントは王女のどのようなわがままも受け入れた。王女が土地の境界を示す標識を移動して“領土拡大”を図ったときも、それは変わらなかった。マーガレット王女の家は、1973年に完成した。王女はさまざまなブランドから贈呈された品々で家を飾り、マスティク島でローマ皇帝のように暮らした。
 毎日遅い時間に起床し、島で唯一のホテル、コットン・ハウスに立ち寄って一杯飲むと、ビーチへ行ってピクニックや遊泳を楽しんだ。王女には取り巻きが同行し、いつでも話し相手となった。水から上がると、足に付いた砂を洗い流せるよう、真水の入ったたらいが用意されていた。マーガレット王女にとっての楽園は、公務から解放され、世間の目から逃れて好きなように振る舞えると同時に、王族としてもてなされる場所でなければならなかったのだ。王女が他人の家に客として滞在しているときでも、家の所有者は王女に膝を曲げてお辞儀をしなければならなかった。
 エリザベス女王も初期の訪問者のひとりだった。1966年、西インド諸島の歴訪中に島を訪れた女王は、ロングドレスやモーニングコート、シルクハットを身に着けた地元の人々の一団に出迎えられた。衣装はすべて、テナントの家にある、古い洋服の詰まったトランクから引っ張り出されたものだった。物質的には乏しい場所ではあったものの、プライバシーと太陽の光を享受でき、エリザベス女王とフィリップ王配を楽しませた。この島は、後にウィリアム王子とケイト・ミドルトンのお気に入りの旅先ともなる。

コリン・テナント、アン・テナント夫人、バジル・チャールズ、ニコラス・コートニーとともに、ビーチでのひとときを楽しむマーガレット王女(1972 年)。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 22
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