Monday, October 22nd, 2018

LOVE! LIFE! LIVERANO!
リヴェラーノ&リヴェラーノ

サンタ マリア ノヴェッラ広場からアルノ川に通じるフォッシ通り43番地ロッソの小さなお店は、
世界中の紳士たちの“リヴェラーノ詣で”で活気づいている。そして面白いことに、ここでの物語の主人公は客ではない。
いつだって彼、アントニオ・リヴェラーノなのだ。
photography ethan newton, daniele portanome text yuko fujita

Antonio Liverano
アントニオ・リヴェラーノ
1937年生まれ。プーリア州パラジアーノ出身。7歳で仕立ての見習い仕事に就き、48年に11歳年の離れた兄ルイージがフィレンツェに渡って工房を構えたのを機にフィレンツェに移住する。78年、フォッシ通りに自身のショップ兼サルトリア「Liverano & Liverano」をオープン。

17年前に亡くなった兄ルイージ(左)とアントニオ(右)。11歳の差はあまりにも大きく、とても偉大なサルトだったと述懐する。

リヴェラーノ&リヴェラーノを支えるスタッフたち。今や世界中から、若者たちがアントニオへの弟子入りを志願して訪れる。やる気に満ちた後進を育てるのも、アントニオの大切な仕事である。

プーリアからフィレンツェに移った11歳のときに撮った写真。ドニゴールツイードのジャケットを見事に着こなしている。

7歳の少年の、
「パンを食べたい」から始まった

 ディ プレータ、フランキ、グロッシ、マルタリアーティ、スぺチアーレなど、かつてのフィレンツェには錚々たるサルトが名を連ねていたが、今や皆姿を消し、84歳のマイアーノも最近工房を閉めた。伝統的なフィレンツェ仕立ては、風前の灯だ。それでも「フィレンツェ仕立て」の魅力が世界に知られているのは、そこに世界中のエレガントな紳士たちの聖地「リヴェラーノ&リヴェラーノ」があるからだ。彼らは今年で78歳になるアントニオ・リヴェラーノが仕立てる服に魅了されっぱなしで、魔法にかかったかのように自分にしっくりくる服を求め、このフィレンツェの小さなサルトリアを訪れるのだ。
 アントニオ・リヴェラーノは、南イタリア、プーリア州のパラジアーノに、6人兄弟の4番目として1937年に生まれた。11歳離れた兄のルイージがサルトの道を歩んでいたこともあって、アントニオがサルトの道を志したのも必然だった。飢えが当たり前だった当時のイタリアでは、食べることに困らぬよう手に職をつけるか医者や弁護士を目指して勉学に励むのが、豊かに生きるための術だったのだ。だからアントニオは、7歳のときから学校が終わると毎日地元の仕立て屋に通い、徐々に仕事を覚えていった。将来、おなかいっぱいパンを食べたいがために。

11歳でフィレンツェに渡る

 アントニオが11歳のとき、兄ルイージがフィレンツェに移住し、アントニオも兄を追いかけてほぼ同時にフィレンツェに渡った。店を構えるのはそのずっとあとの1978年のことだが、ここに今日のフィレンツェ仕立てを代表するリヴェラーノ&リヴェラーノの歴史が始まったのだ。
 アントニオの昔の写真を見てほしい。ドニゴールツイードのジャケットを着た11歳の少年は、若い時分から着ることが大好きだった。活発で情熱にあふれ、ときに野心的で、それは大人になってからも変わらなかった。亡くなった兄のルイージはとても偉大な職人で、人がよすぎるほどボーノだったと今日まで語り継がれているが、彼は工房に閉じこもって仕事をするのが大好きな職人肌のサルトだったそうだ。そんな対照的な2人のコンビは、サルトリアを見事に切り盛りしていった。
 実際アントニオは、仕立ての技術に優れているだけでなく、優れた慧眼で、その人の雰囲気に合わせて、新しいパーソナルな一面を最大限に引き出してくれる。一度でも彼の服を仕立てたことのある紳士たちは、彼の魔法にゾッコンだ。だからこそ世界中の洒落者たちが、わざわざ“リヴェラーノ詣で”に訪れるのだ。
 ここでの主人公は客ではなく、魔法の服を仕立てるアントニオ・リヴェラーノだ。彼はどんな客であろうと、さりげなく自分のオススメを提案し、結果その人を自然なかたちでさらに洗練させる。そうやって、顧客との歴史を紡いでいるのだ。70年のキャリアは伊達ではない。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 09

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