Monday, July 6th, 2015

LA BELLE ET LABÊTE

セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの物語
フランス一純粋で、淫靡だった2人
セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンは、同世代の人々にとって黄金のカップルだった。
2 人の大恋愛は、今なお私たちの心を揺さぶり、魅了し続けている。
by joycelyn shu

 情熱的で嵐のような情事によって、当時を代表する華々しいカップルとなった2人は、1968年に、映画『スローガン』のセットで初めて出会った。パリでのこの出会いは、一目惚れと呼ぶにはほど遠いものだった。この低予算のフランス映画で主役を務めていた、英国の上流階級出身の美しき女優は、自分のもとを訪れていた兄に大いに愚痴をこぼした。
「彼、最悪なの! セルジュ・ブールギニョンとかいう人! 私と共演しているあの男よ。私の恋人役のはずなのに、すごく横柄でお高くとまっている上に、私を完全に見下してるの!」
 数々の騒動を巻き起こすことになる、ジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンズブールの関係は、こんな最悪の状況から始まった。しかしこれは、このカップルにぴったりの幕開けでもあった。
 ロンドンの高級住宅街、チェルシー出身のバーキンは、みずみずしく奔放な22歳の娘だった。1966年の映画『欲望』において、メジャー映画で初めて全裸を披露した女優となったことで名を売っていた。スラリとした脚で優雅に歩く彼女は、自然体の美しさとスタイルが特徴的だった。
 一方ゲンズブールは、うさん臭い雰囲気を漂わせる個性派の40歳で、天才ミュージシャンとして活躍していた。彼の並外れた作詞能力は大いに尊敬されたが、酒とタバコにまみれ、どんちゃん騒ぎを繰り返すライススタイルは悪名高かった。当時の人々は、一見ちぐはぐなようで、不思議と好対照をなすこのカップルに、魅了されていくことになるのだ。

そして恋に落ちた2人ゲンズブールの超然とした態度に興味を抱き、もっとよく知りたいと思ったバーキンは、彼とのディナーの席を設けた。そこで彼女は、不快に感じていた彼の振る舞いが、実は極度に恥ずかしがり屋な性格から来ていることに気づいた。
 この初めての夜を、2人は踊り、遊び歩き、あちこちのナイトクラブを回って過ごした。そして、たどり着いたヒルトンホテルで、何事もなく1日を終えた(といわれている)。ゲンズブールが部屋に着くなり、さっさと眠ってしまったからだ。
 この日以来すっかり親密になった2人は、小旅行先のベネチアで本当にお互いに夢中になった。ベネチアでは、まるで魔法の宮殿のようなグリッティ・パレスに泊まり、毎晩ハリーズ・バーに入り浸ったという。
 パリに戻った2人は、左岸の代表的ホテルであり、洗練されたボヘミアン・コミュニティの中心地である“ロテル”に仮住まいをした。このホテルは、オスカー・ワイルドが最後の日々を過ごし、「私は身分不相応な死に方をしている」という言葉を残した素晴しい場所である。
 その後2人は、1970年に、7区のサンジェルマン大通りから数ブロック離れた場所にある、ヴェルヌイユ通り5番地の小さな家へ引っ越した。
 選り好みが激しく、 さまざまなものを管理したがったゲンズブールは、自分自身ですべての家具を選び、あらゆる装飾品を念入りに吟味した。例えば、パリにあるサルバドール・ダリのアパートで見た黒いアストラカンに触発された彼は、壁を覆うための黒いフェルトの種類に異常にこだわった。
 ゲンズブールとバーキンの娘であり、名女優として知られるシャルロット・ゲンズブールは、父親が礼儀作法、特にテーブルマナーを重んじていたという。メインの応接室ではおもちゃで遊ぶな、家の中のものは一切移動させるな、ときっぱり宣言するほど厳しかった。ごく小さい物が髪の毛1本分ほど移動しただけでも、彼は気づいたという。

issue02_labelleetkabete_01

THE RAKE JAPAN EDITION issue 02
1 2 3 4

Contents