Tuesday, October 2nd, 2018

IN STEP WITH THE TIMES
“THE RAKE”に愛された男

トッズCEO、ディエゴ・デッラ・ヴァッレにインタビューした。
世界的なブランドとして飛躍するきっかけとなった
“ゴンミーニ”は、THE RAKEによって大ヒットとなった。
text jola chudy photography emanuele scorcelletti

Diego Della Valle
ディエゴ・デッラ・ヴァッレ
1953年、イタリア、マルケ州生まれ。トッズ・グループ会長兼CEO。デッラ・ヴァッレ家は家族経営の靴工房を経営していたが、ディエゴは1979 年、“ゴンミーニ”の大ヒットによりブランドを拡大。2000 年にトッズ・グループを設立してミラノ証券取引所に上場した。

トッズのドライビング・シューズを履く“THE RAKE”ことジャンニ・アニェッリ。フィアット元会長にして、イタリアを代表するファッショニスタだった。

アーカイブに残る初期の頃のゴンミーニ。現在発売されているものと作りはほぼ変わらない。

 トッズは世界有数の大ブランドである。ロジェ ヴィヴィエ、フェイ、ホーガンなどを擁するグループ全体の売り上げは、2017年には9億6300万ユーロに達した。世界のラグジュアリーグッズを扱う上場企業100社の中で、42位にランクされる巨大コングロマリットである。
 トッズがここまでに至るには、長い道のりを経ている。現会長兼CEOディエゴ・デッラ・ヴァッレの祖父にあたるフィリッポが、マルケ州に小さな靴工房を開いたのは20世紀初頭のことだった。二代目のドリノは商才に長けており、70年代までにはトッズはNYのニーマン・マーカスやサックスといった一流デパートと取引するまでに成長していた。アイコンである“ゴンミーニ”は、デッラ・ヴァッレが渡米中に思いついたものだという。
「若い頃アメリカにいた時、ドライビング用シューズに目が留まりました。それは製品としては酷いものでした。クオリティは低く、作りは安っぽかった。しかし、その靴は私にヒントをくれたのです。私は“足のための手袋”のような靴を作りたいと思いました。私はその靴を買って帰り、父にアイデアを打ち明けました。そして父は、製造を許してくれたのです」
 デッラ・ヴァッレには、マーケティングの才能があった。彼はできあがった靴を、セレブたちへ送ったのだ。今では当たり前になった手法だが、当時はそんなことをしているブランドはなかった。その中には、イタリアのファッション・アイコンとして知られる“THE RAKE”(=ジャンニ・アニェッリ)も含まれていた。
「彼はトッズにとって理想の存在でした。強く、チャーミングで、イタリア的でリッチで……そしていつも女性たちに囲まれていた」
 アニェッリの着こなしは、世界中の男性に影響を与えた。腕時計をシャツの上からする、BDシャツのボタンを外す、そしてスーツにトッズのドライビング・シューズを合わせる……彼のお陰で、ゴンミーニは爆発的ヒットとなる。
「その頃、私は故郷の小さな村にいて、50人の靴職人たちと、ひたすら素材と作りのよさを追求していました。結果的に、マーケティングは大成功しましたが、その時は世界的な成功を狙ったわけではありません。若さゆえのパワーが、幸運を引き寄せたのですね」
 その成功は、イタリアという国がもたらしてくれたものだという。
「クオリティと“イタリア的なムード”はわれわれのDNAです。人々はイタリアといえば、多彩な文化や美味しい料理、美しい太陽を思い浮かべるでしょう。トッズは、そんな要素を体現しています。われわれは“メイド・イン・イタリー”の旗印のもとに繁栄してきました。今度は国に対して恩返しをする番です」
 その言葉通り、トッズはローマ闘技場の修復プロジェクトのメインスポンサーであり2500万ユーロを寄付している。
「寄付に対しては、どのような見返りも求めていません。われわれの会社は十分幸運でした。今度は国に何かお返しをするべきです」
 世界的な成功を収めた後も、安易に時流に同調することはしない。
「われわれは、いわゆるミレニアル世代を追いかけるようなことはしません。われわれのお客様は、30歳以上で、クオリティとテイストに対して理解のある方々です。われわれは最もよい革と材料を、クラシックなデザインに落とし込んでいます。トッズの靴を買うということは、コンテンポラリーかつ不変の価値を持つものに投資するということなのです」
THE RAKE JAPAN EDITION issue 24