December 2018

IMMORTAL SIREN

妖艶な女流画家
タマラ・ド・レンピッカ

数々のパトロンやモデルと親密な仲となった画家タマラ・ド・レンピッカは、強い貪欲さをもって露骨な官能性を表現し、アール・デコを押し広げた。
今でも彼女の作品は珍重され、マドンナやジャック・ニコルソンら著名人にも収集されている。
text stuart husband

Tamara de Lempicka / タマラ・ド・レンピッカ1898年、ロシア帝国支配下のポーランド・ワルシャワで裕福な家庭に生まれる。18歳でハンサムな弁護士と結婚。翌年ロシア革命でパリへ亡命。アール・デコを象徴する官能的な肖像画を多数残す女流画家となる。人一倍高いプライドを持ち、競争心が強く、自己プロデュースにも長けていた。自身の美貌と魅力を武器に本能の赴くままに交際を広げ、上流階級の社交場を利用しながら芸術家として成功を収めた。

 1927年に描かれた『美しきラファエラ』は、実にタマラ・ド・レンピッカらしい作品である。裸婦は片腕を頭の後ろに伸ばして横たわり、自慰すら連想させる自己陶酔的な恍惚感に浸っている。美術史における伝統的なポージングだが、その身体はオープンカーのように輝いており、尻はフェンダーを、乳房はホイールキャップを思わせる。モデルは、レンピッカがパリのブローニュの森で出会った若い高級売春婦である。キュビズム、未来派の様式が混ざり合ったこの作品はレズビアンの官能性を感じさせ、まるで見る者を高揚させるソフトコア・ポルノだ。刺激的な女性解放化の時代に、この画風は彼女を指折りの芸術家へと押し上げた。

『美しきラファエラ』はジャック・ニコルソンが所有しているといわれ、別のバージョンはダナ・キャランのコレクションに所蔵されているという。バーブラ・ストライサンドや*マドンナもレンピッカのコレクターとして有名だ。レンピッカはアイデンティティーを創造し表現する者にとっての模範的存在であり、ハリウッドの大物たちが共感を覚えるのも自然なことだろう。

 彼女は自らもモデルとしてカメラマンの前で長時間ポーズを取り、映画女優になることを夢見ていた。パテ・ニュースが1932年に制作したスクリーンテストにも、理想的なアール・デコのアトリエでシガレットホルダーをひけらかしつつ、階段を堂々と下りる姿が映っている。彼女は数年前、そのアトリエで見事な“名刺”となる作品を描き上げた。『緑色のブガッティに乗るタマラ』と題したこの自画像は、自身をブガッティのハンドルを握る魔性の女として描いている。彼女が被るヘルメットの形は幾何学的に整ったボブヘアと一致し、青白い顔は無表情で仮面のようだが、両目からはセックス、金、名声、もしくは悪名を際限なく貪欲に求めた、レンピッカの本物の欲望が透けて見える。そしてこれこそが、彼女を先駆的な現代人たらしめた要素でもあった。

*マドンナ = デヴィッド・フィンチャー監督が手がけた『VOGUE』のミュージックビデオや、コンサートのステージ演出などにレンピッカ作品をたびたび登場させている。
THE RAKE JAPAN EDITION issue 25
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