Thursday, August 23rd, 2018

FERRARI 340 AMERICA VIGNALE SPYDER
ON THE RISING ROAD OF EMPIRE
伝説となった跳ね馬

1952年、エンツォ・フェラーリと彼が育てた跳ね馬を世界制覇への軌道に乗せたのが、
フェラーリ 340 アメリカ ヴィニャーレ スパイダーだ。この公道仕様のレーシングカーは、
20世紀半ばのモータースポーツ全盛期を象徴する名車である。
text jared zaugg
photography pawel litwinski / bonhams

 ミヒャエル・シュテーレがボーデン湖のほとりにある自宅の近くで、アルプスのタイトコーナーを曲がると、ヴィンテージ・フェラーリの12気筒エンジンが発する轟音が丘の向こうまで響き渡った。ギアを入れると、楽器というよりもオーケストラといったほうがよい音が生まれ、トランスミッションとエンジンの共鳴音が、心地良い調べのように聞こえる。
 このドイツ人コレクターが所有するヒストリックカーは、飾っておくだけのクルマではない。シュテーレは64年前に製造されたレーシングカーを大切に、しかしエンツォ自身が意図したように、力強く、愛情を込めて運転している。「設計意図の通りに使わないと、このクルマに失礼だ」と彼は言う。
 もちろん、これほどのクルマを持つと、気軽に運転するわけにはいかない。数百万ドルの値が付くようなコンペティション・フェラーリの多くは移動手段というよりも、投資だと見なされている。
 フェラーリの現チーフデザイナー、フラビオ・マンゾーニが言うところの「動く彫刻」―が他ならぬ1952年式のフェラーリ340アメリカ ヴィニャーレ スパイダーだ。フェラーリ社の創業者エンツォ・フェラーリが、有名な2大自動車耐久レース、ミッレミリアとル・マン24時間レースに出走するチームカーとして選んだクルマである。
 シュテーレはル・マンでこのクルマを駆ることはできないが、ミッレミリア・ストーリカ(イタリアで毎年開催されるミッレミリアの復刻版。カントリーロードを往復1,000マイル走行する)には参戦してきた。この車がエンツォによって1952年のミッレミリアにエントリーされたこと、ドライバーがピエロ・タルッフィであったことは、マニアにとっては常識だ。
「タルッフィが座ったシートに座り、同じレース、同じ道で走らせると、歴史そのものを感じる。この名車でミッレミリアに出走できて、本当に光栄だ」とシュテーレは語る。この思いを共有するためには、歴史を学ぶ必要がある。

フェラーリは一発屋か?

 1952年春、ヨーロッパは第二次大戦からの復興途上にあり、多くの都市には廃墟と化した区域が残っていた。それでも、エンツォ・フェラーリにとって、1950年代は希望に満ちた10年間であった。彼のサクセスストーリーは実にイタリア的だ。機械工からレーシングドライバー、レースチームのマネージャーとなり、レースカーを製造する自動車メーカーを興して、世界を制覇したのである。 小さな会社から出発し、今や最も有名なラグジュアリーブランドに成長したフェラーリの歴史は、広く知られた成功談であり、古代の叙事詩のようである。だが、どんな帝国にも起源があるように、フェラーリにも黎明期があった。
 前年の1951年に、フェラーリはF 1で初めて勝利した。創業からわずか4年しか経っていない企業にしては、見事な成果である。エンツォはアルファロメオのもとで数々の勝利を収めてきたが、完全に独立してからはこれが最初の勝利であった。しかし、モデナの新興企業を疑問視する者も少なくなかった。世界有数の自動車メーカーだったアルファロメオの後ろ盾を得て勝利するのと、自力で勝利するのとは訳が違う。1952年の問題は、フェラーリが世界的な強豪チームになるのか、それとも単なる一発屋で終わるのかということだった。そこでエンツォが出した答えが、340アメリカだ。このモデルは、スペックを示す数字とマーケティングのキーワードを組み合わせて命名された。「340」は1気筒当たりの排気量が340ccであることに由来している。12気筒を合計した総排気量は4.1リッター近くとなる。「アメリカ」はフェラーリのターゲット市場を表している。戦後の経済大国アメリカは、フェラーリが業績を伸ばすための標的だった。
 340アメリカは、ひとり乗りの専用レーシングカーではなく、公道も走れるふたり乗りのクルマである。サーキットまで運転し、一日中レースに興じたら、そのまま運転して帰宅できるレーシングカー兼グランツーリスモだったのである。

フェラーリ 340 アメリカ ヴィニャーレ スパイダーは、エンツォ・フェラーリというひとりの男の野心を体現したクルマだ。そしてフェラーリの伝説を語るうえで忘れてはならない名車である。見事なシルエットはヴィニャーレのコーチビルダーたちが手作業で仕上げたものだ。

シンプルで機能的、かつ上質なコクピット

フェラーリのエンジニア、アウレリオ・ランプレディが設計した4.1リッターのV12 エンジン

THE RAKE JAPAN EDITION issue 23
1 2

Contents