Tuesday, September 25th, 2018

ENGLAND, OUR ENGLAND
競馬のための装い

継承された厳格なドレスコード

 とはいえ、アスコット競馬を今日の形にしたのは間違いなくトップハットと燕尾服である。これなしでは、ほかの競馬大会と変わらない。エドワード7世時代のロイヤル・エンクロージャーの華麗さは、全盛期を迎えた大英帝国の権威を示している。ウィンザー公も、第一次世界大戦後のアスコット競馬は、「戦前と同じく皆がトップハットをかぶって参加しており、華々しかった」と安堵した様子で、自身の回想録に記している。
 しかし1946年の大会は大きく様変わりし、タイムズ紙は次のように報道した。
「王の命により、アスコット競馬は緊縮路線となる。ロイヤル・エンクロージャーにおける男性の正しい服装は、制服またはラウンジスーツである」
 ボーラーハットの愛好家たちが、この機会に再流行を図った姿を見たら、ハリス卿も喜んだことだろう。
「アスコット競馬に関する報告によると、ボーラーハットが再び問題を提起している。ここしばらく限定的な人気に甘んじていたボーラーハットが、歴史ある王国に公然と帰還を果たすかどうかは、実に興味深い問題である。最も流行を牽引しそうな人々は、アスコット競馬でこぞってボーラーハットとラウンジスーツを着用したと思われる。これが何の影響も及ぼさないことはまずないだろう」
 しかし歴史が示す通り、最終的に勝利したのはトップハットであった。
 競馬大会におけるボーラーハットの着用に関しては、イギリスではなく、フランスへと目を向けなければならない。同国には、誰もが認める第一人者のギー・ド・ロスチャイルド男爵がいた。また、20世紀後半になると、ロイヤル・アスコット競馬への来訪者がしばしば流行を牽引した。
 例えば、アーガー・ハーン3世は、ボタンホールに飾り花を挿すスタイルを広め、伝説的な色男として知られる息子のアリ・ハーンは、モーニングに独自の魅力をもたらしてみせた。アリ・ハーンの友人は回想する。
「彼は午前中に乗馬とテニスを楽しみ、その後イングランドへ飛んで所有馬のレースを観戦し、飛行機で戻った後、翌朝の3時まで私たちとブリッジを楽しんだのです。その間に、数人の女性を持てなしていました。そして朝の3時になると、彼は愛車に乗ってカジノへ出かけました」
 それは、アリ・ハーンの暮らしにおける典型的な1日であったが、そこにモーニングコートを着こなすコツがある。つまり、凝った装いや正装として扱うのではなく、競馬へ行くという仕事のためのツナギ服として扱い、丁寧に着た後はすっかり忘れてしまうのだ。
 現在でも、ロイヤル・エンクロージャーの入場者の中にそんな風に忘れっぽい方が大勢いるおかげで、ロンドンの夏にはまるで絵画のような風物詩に出合える。ロイヤル・アスコット(*3)競馬開催週の天気のいい夜に、メイフェアやウエストエンドの辺りへ行くと、モーニングコートを着た男性たちが、レース後に昼の礼装を有効活用している姿を見ることができるのだ。サー・ゴードンはよしとしないだろうが……。私はただ、彼らが靴紐にまできちんとアイロンをかけていることを願うばかりである。

(*3)ロイヤル・アスコット競馬 = 現在も毎年6月にイギリス王室が主催し、華やかなパレードが行われている。

イギリス人馬主、ユースタス・“ラッキー”・ローダー少佐のイラストレーション。1910 年頃

THE RAKE JAPAN EDITION issue 24
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