Tuesday, September 25th, 2018

ENGLAND, OUR ENGLAND
競馬のための装い

ファッションを進化させた競馬

 競馬は国民生活のあらゆる面に影響を及ぼした。男性の服装もそのひとつで、事務職員が粋なニューマーケットスタイルのコートを着始めたり、フロックコートの覇権が徐々に崩れたりといった変化が見られた。1936年に『When Men Wore Muffs(原題)』を著したH・P・プライスも、次のように解説している。
「フロックコートは、あらゆる目的のために広く着用されたが、“上流社会の人々”が馬に乗るとき、フロックコートのフロントの裾が邪魔となった。そのため男性たちは垂れ下がった裾を折り返し、ウエストにボタンで留めるようになった。やがて垂れ下がった裾そのものが裁ち落とされ、モーニングコートや燕尾服のエレガントなラインが生まれることとなったのだ。今も残るボタンは、実用性を重んじた先人の精神を思い起こさせる」
 ソーシャルメディア時代を生きる我々にとって、“上流社会の人々”―広大な屋敷に暮らし、ファッション、キツネ狩り、競馬に熱中した名士たち―が世間の注目の的であった時代は想像しがたい。だが、確かに彼らの服装の些細な変化は世界中で注目され、新たに生まれたスタイルや解釈はすべて彼らにちなんで名付けられていた。また当時、有閑紳士であることは、人生の究極の目標を達成したことに等しかった。重要なのは金を稼ぐことでなく、優雅に使うことだった。そして、時間つぶしと散財という点で、競馬に勝る活動はなかったのだ。
 19世紀には、「英国貴族のような装い」というのは、最高の誉め言葉になっていた。実際、服装が競馬より注目されていた時期もある。あの“ニムロド”(*1)でさえ、渋々認めている。
「“馬”に興味のない者にとってのアスコット競馬の魅力は、レースの合間にコースを練り歩く“人々”にある。最高の衣装を纏った社交界の花形たちが束の間の光景に華々しい効果をもたらすのである」
 ニムロドがこれを書いたのは、ヴィクトリア女王が即位した(1837年)頃だったが、当時の競馬大会は今より無秩序で危険だった。ある年、ロシア皇帝、ザクセン王、アルバート公が特別スタンドを離れて馬を見にいったところ、押し合う群衆にもみくちゃにされそうになった。そこで1845年に、新鮮な空気を吸いながら馬を観察しつつ、晴れ着を披露できるロイヤル・エンクロージャー(特別観覧席)が追加されたのだった。

(*1)ニムロド = イギリスで伝説的なスポーツライター、Charles James Apperley(1777-1843)を指す。

 それから173年にわたり、この芝地は世界一有名なVIPゾーンである。しかも映画『マイ・フェア・レディ』(1964年)の中の印象的なシーンに登場している。衣装を担当したセシル・ビートンがアカデミー衣裳デザイン賞を受賞したこの作品以降、多くの人が抱くロイヤル・エンクロージャーの理想像は、この『マイ・フェア・レディ』に由来しているのだ。
 とはいえ、ビートンもまた、エドワード7世の時代の前後に開催された、ブラック・アスコットの写真からヒントを得たといわれている。ブラック・アスコットとは、ヴィクトリア女王の崩御とエドワード7世の崩御を受けて、ロイヤル・エンクロージャーの招待客が喪服を着用した1901年と1910年のロイヤル・アスコット競馬である。アスコット競馬が連想させる厳格なフォーマルさは、主にこの時代がルーツといえる。
 20世紀初期のアスコット競馬場は服装に厳しかった。中でも誰より厳しかったのは、馬場取締委員のサー・ゴードン・カーターである。彼の靴紐は毎日必ず洗濯・アイロンがけされていたほどだ。ある記述によると、ロイヤル・アスコット競馬開催中の彼のスケジュールには、5つの装いが含まれていたという。
「サー・ゴードンは朝7時に乗馬服でコースに出ていた。その後、オフィスでラウンジスーツに着替えた。正午になると自宅へ戻り、モーニングに着替えていた。第1レース後、昼食会をするのが常だった彼はまた別のラウンジスーツに着替えた。その後、ディナー用の夜会服を身に纏い、その日5着目の着替えを済ませた」
 当局はロイヤル・エンクロージャーにそぐわないことが起きないよう、最善を尽くしていた。海外のお客様であればしきたりに不案内でも許されたかもしれない。しかし、ボーラーハット(*2)をかぶってアスコット競馬場へ行ったハリス卿は、エドワード7世に「ネズミ捕りに行くのかね、ハリス?」と声をかけられた。にもかかわらず、支持者からの声を真に受けるハリスの有り様を見て、とある風刺作家は、「プリンス・オブ・ウェールズがビリーコック(山高帽の別名)を流行らせてくださればよいのだが」と嘆いた。

(*2)ボーラーハット = トップが丸く半球型の山高帽。ビリーコックの名称もある。

1908 年のアスコット競馬場のロイヤル・エンクロージャーとスタンド

3ピースのモーニングスーツとトップハット姿のチャールズ皇太子。1979 年

THE RAKE JAPAN EDITION issue 24
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