Wednesday, July 4th, 2018

DIAMOND GAL
世界を魅了した“永遠の妖精”
オードリー・ヘプバーン

永遠に憧れる女性像

 妖精に例えられるオードリー・ヘプバーンの可憐なイメージを真似する人は多い。彼女の個性から滲み出る人間性や謙虚さは、あらゆる女性の共感を呼んだ。昔も今も、ポップカルチャーに計り知れない影響を与えているのだ。
 名曲「ムーン・リバー」をバックに、ブラックのカクテルドレスをまとい、宝石店の煌めくウインドウの前で厳しい現実から逃避する姿は、あらゆる女性の記憶に残っている。だが、彼女を単なるファッションアイコンとみなすのは失礼だ。
 1954年からユニセフの活動を始めた彼女は、セレブリティに良心をもたらした。それまで彼女のような名女優で慈善活動に身を捧げた者はほとんどいなかった。頭にスカーフを巻いて人道支援に励むアンジェリーナ・ジョリーを目にするたびに、オードリー・ヘプバーンこそその先駆者だったのだと感じる。つまるところ、彼女は男性に求められるよりも、女性や子供を元気づけたいと考えたのだ。ブエノスアイレスからベルリンまで、世界のどんな街でも、ブラックのタートルネックと同色のスリムパンツ、バレエシューズというクラシカルなコーディネイトの女性をいまだに見かける。これもまたオードリー・ヘプバーンのスタイルそのものだった。
 2006年には『ティファニーで朝食を』で彼女が着用したジバンシィのブラックドレスのうちの1着がオークションにかけられ、約50万ポンドで落札された。グーグル社は彼女の誕生日を自社のホームページで祝い、アメリカ合衆国郵便公社は2003年に彼女の記念切手を発売。オードリー・ヘプバーンはいまだに“最もセクシーな”“最も美しい”“史上最高の”と形容されるランキングの常連である。
 彼女はおてんば娘のような巻き毛、バレリーナのような骨格、バンビのような瞳の奥に反骨精神を秘めていた。他の新進女優と同じように見られるのは嫌だったから、若いパリのクチュリエ、ユベール・ド・ジバンシィの服を愛用した。そのおかげで、この新人デザイナーはハリウッドで一躍人気を博すようになる。
 天使のような優しさを持つ彼女には、型破りな一面もあった。映画『噂の二人』では、シャーリー・マクレーンと同性愛を疑われる親友同士を演じているが、これは『ティファニーで朝食を』と同年の作品でもある。
 ハンフリー・ボガート、ゲイリー・クーパー、レックス・ハリソンといった年の離れた共演相手との恋愛模様を描いた作品に出演してきたオードリーも、1960年代も後半になると明らかに落ち着いてくる。露出を控え、以降の半生はユニセフの慈善活動に傾倒していった。しかしこの活動が彼女の名声をさらに高めていった。英語・オランダ語・フランス語・スペイン語・イタリア語の5カ国語を操る彼女は、個人的な危機―離婚、5回の流産、2番目の夫の火遊び―の最中も精力的に慈善活動を展開し、世界数十カ国を訪れ、貧しく苦しむ子供たちと接してきた。彼女は慈善活動を通じて、持ち前のバランス感覚と自身の有名人としての立場が、飢餓や幼き者や弱き者への虐待、先進国の二面性などといった受け入れがたい問題を提起するための基盤となることを証明したのである。
 まるで悪魔たちと無意識のうちに契約を交わしていたかのようだった。自らの人生を捧げる代わりに、オランダの通りで銃殺された若者たちの魂、そして栄養失調で瀕死の状態にあるソマリアの子供たちの声を代弁させてほしいと。
 1993年、その声は途絶え、彼女はガンで亡くなった。葬儀では、彼女の才能をいち早く見抜いて『ローマの休日』で共演したグレゴリー・ペックが弔辞を送った。オードリー・ヘプバーンは1956年に「私は本当に運が良かっただけ」と語ったそうだ。いやいやマドモアゼル、運が良かったのは、あなたに出会えた私たちのほうだ。

『ティファニーで朝食を』(1961年)で、自由奔放に生きる主人公ホリー・ゴライトリーを演じたオードリー・ヘプバーン。

photo by Getty Images

THE RAKE JAPAN EDITION issue 19
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