Wednesday, July 4th, 2018

DIAMOND GAL
世界を魅了した“永遠の妖精”
オードリー・ヘプバーン

オードリー・ヘプバーンがポップカルチャーに与えた影響は計り知れないが、
女優やファッションアイコンとしての評価だけでは、彼女の人物像や人生は語れない。
1950年代以降、彼女はセレブリティに良心をもたらした
初めてのハリウッドスターとなり、後世のロールモデルとなった。
text david smiedt

唯一無二の輝きと存在感

 率直に言おう。オードリー・ヘプバーンはこれまでTHE RAKE で取り上げてきた他の女優たちとはまったく違う。毛足の長いラグに寝そべり、息を呑むほど官能的な演技を絶え間なく繰り出すタイプではない。月光やポエムに魅了される少女のように、身も心も儚げな女性だった。
 エリザベス・テイラーのように豊満でセクシーな女優が主流だった時代に、ヘプバーンはどこまでも華奢で気品に溢れていた。舞台や映画で芽が出なかった場合に備えて歯科助手の見習いをしていた駆け出しの頃から、どこか洗練された健康的な魅力を持っていたという。1953年にもらったオスカー像をうっかりトイレに忘れる、というおっちょこちょいな一面もあった。
 しかし、その透き通るような肌と繊細な感性の奥には、誰にも負けないタフさを秘めていた。ドイツ占領下のオランダに住んでいた10代の頃には、チューリップの球根を食べて飢えをしのぐような生活を経験し、雑草を食べようとしたこともあったという。「若い男たちが壁を背にして撃たれたところを目の当たりにしたこともあります。通りは閉鎖されましたが、やがて解放されました」と後に回想している。
 戦争が終わるとウエスト・エンドを目指し、そこでコーラスガールとして舞台に出演する。『ジジ』というブロードウェイ・ミュージカルの原作を手がけたフランスの女流作家コレットに抜擢され、主役を務めたのは1951年のことだった。それから2年後には映画『ローマの休日』に主演。ひとつの作品でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞を同時受賞した初めての女優となった。あまり知られていないが、彼女は同年に舞台『オンディーヌ』でトニー賞も獲得している。
 ヘプバーンの代表作は、なんといっても1961年の映画『ティファニーで朝食を』である。当初はトルーマン・カポーティの原作に出てくる娼婦を彼女が演じるには清潔感がありすぎるのではないかと思われていたが、これが当たり役となる。アメリカの4大アワードをもれなく受賞した名誉ある俳優「EGOT」(=エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞)は歴史上12人しかいないが、ヘビースモーカーのホリー・ゴライトリー役を演じたオードリー・ヘプバーンもそのひとりである。キトンヒールを履いたコケティッシュなそのキャラクターは、ヒッチコック作品風の『シャレード』(1963年)、ミュージカルの『マイ・フェア・レディ』(1964年)、サスペンス映画『暗くなるまで待って』(1967年)にも受け継がれた。

1955 年のオードリー・ヘプバーン。

Audrey Hepburn / オードリー・ヘプバーン
1929年ベルギーで生まれる。幼少期はイギリスやオランダにも在住。’51年のブロードウェイ・ミュージカル『ジジ』で主役を演じ、’53年の映画『ローマの休日』で大成功を収める。以降は数々の作品に出演しファッションアイコンとして愛される一方で、ユニセフの慈善活動にも献身的に取り組んだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 19
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