From George Wang

2015年の1月、北京に「BRIO」をオープンした、中国きってのウェルドレッサー、GEORGE WANG氏。
広大な中国にクラシックスタイルの新たなうねりを巻き起こそうとし、世界中が注目している彼に、
中国をはじめとする世界のウェルドレッサー、気になること、モノを紹介してもらいます。

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W.W.CHAN & SONS

W.W. Chan & Sons & History of Chinese tailoring

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Like most modern concepts adapted in China, they have been imported from the west, either through choice or by force.

Classic tailored clothing is without a doubt one of the most superficial and prevalent Western imports we have.

As the interest in suiting up and gentlemanly pursuits grew amongst young Chinese in recent years,

the local customers have developed a renewed interest in tailoring,

giving life to a slew of new tailoring businesses with flashy advertising campaigns and smart salesmanship.

Buried under the smoke and mirrors, there is one house dedicated to the true art of tailoring through three generations.

 

中国に浸透しているほとんどの現代的な概念のように、意図的であるないにかかわらず、

その多くは西洋から入ってきました。

クラシックなテーラードクロージングは今日の中国において、

紛れもなく表向きには最も浸透している西洋から入ってきたもののひとつです。

ここ数年でスーツに対する関心や、紳士的なことに対する追求が若い中国人たちの間で高まったことで

地元のお客様たちのテーラリングに対する興味が高まり、

煌びやかな広告キャンペーンと卓越した販売技術を有する新たなビジネスとして開花したのです。

(マーケティングを優先した他のテーラーの)まやかしの中に埋もれながらも、

3世代にわたって、テーラリングの真の芸術に捧げた一家があります。

 

许多中国近代通用的观念都源于西方,或是主动习得,或是外力使然。

毫无疑问,传统裁缝技术则是这些西方进口货中最表面和普遍的之一。

近年来随着中国年轻人对西服与绅士追求日趋渐浓时,本土消费者对传统欧式洋服与裁缝定制重新建立起了兴趣,

这给予一众靠浮夸广告营销和精明销售技巧起家的新兴裁缝铺很大的生存空间。

而在这镜中迷雾的掩盖下的,是一家三代致力于追求真正裁缝本质的世家。

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The Chinese tailoring industry developed in Shanghai back in the early 20th century,

when the city was known as the Paris of the Orient.

Life of the rich and famous in Shanghai at the time was every bit as decadent as those in the major metropolises of the Western world.

Scott Fitzgerald may very well have written his most famous work in Shanghai.

Those enjoying the high life were for the most part westerners or Chinese closely associated with the Western economic and political influences.

Many businesses sprung up catering to the needs of high society, and so western style tailoring was born in China.

 

中国のテーラリング産業は、20世紀初頭に当時東洋のパリとして知られていた上海を舞台に発展を遂げました。

当時の上海において、裕福で著名な人々の生活は西洋の大都市のそれに少しも引けを取っていませんでした。

F.スコット フィッツジェラルドが、彼の最も有名な作品を上海で書いていたことは有名な話かもしれません。

このような上流階級での生活を愉しんでいた人の多くは、

西洋人や、西洋の経済と政治的影響の強い部分と強く関わっていた中国人でした。

エグゼクティブ達のニーズに合わせて、多くのビジネスが上流階級の人々のニーズを満たすために

発展していったため、西洋のテーラリングが中国で誕生したのです。

 

中国的裁缝行业起源于二十世纪初,被称之为东方夜巴黎的上海 。

那个年代,上海富贵名流生活的时髦体面,甚至堕落颓废,毫不逊色于西方任何一个大都市。

如果说菲茨杰拉德最著名的小说讲述的是发生在上海的故事,一点也不夸张。

而享受这上流生活的,大多都是洋人或是与西方政经有紧密联系的中国人。

于是许多迎合上流社会需求的商机迅速涌现出来,其中也包括了西式裁缝业在中国的诞生。

 

The locals who were mere observers to the high life of the Shanghai elite held both contempt and admiration for the newly arrived Westerners.

“Red hair” was one of the popular slangs for foreigners at the time,

and those tailors who served the suiting needs of red hairs became know as the “Red Gang.”

The Red Gang tailors of Shanghai initially serviced the Brits who brought Savile Row aesthetics with them.

And then when the Americans came, the Red Gang tailors also adapted to their Ivy League sensibilities.

As industrialized clothing production became more prevalent back home for these more developed economies,

the Red Gang tailors shifted their focus to the Japanese, Koreans, Taiwanese, and finally the local Chinese.

Perhaps no other tailoring industry in the world has seen so many styles, tastes,

and experienced so much change in so little time than the Red Gang of Shanghai.

 

上海のエリートたちが属していた上流社会の傍観者にすぎなかった地元の人々は、

新たにやってきた欧米人に対し、さげすみと賞賛の両方の気持ちを抱いてました。

“レッド ヘア”は、その当時、外国人に対して用いられていたスラングの一つであり、

(赤い髪の毛の)人々のスーツを仕立てるテーラーたちは“レッド ギャング”として知られるようになりました。

そんな上海のレッドギャングテイラーたちは、サヴィル・ロウの美学を持ってきたイギリス人達に、

最初にサービスを提供したのです。

そしてアメリカ人達が来たとき、レッドギャングテイラーたちはアイビーリーグの感性にも適応したのです。

先進的な服の制作が、これらのより先進したエコノミーに浸透するにつれて、

日本人や韓国人、台湾人、そして最後には地元の中国人たちへとシフトして行きました。

おそらく、世界の他のどんなテーラリング産業と比べても、上海のレッドギャングは、

とても短い期間で多くのスタイル、テイストを見て、多くの変化を経験してきたと思います。

 

普通老百姓对于当时的上流社会则只是旁观者,他们对新来的洋人抱着既轻蔑又崇敬的态度。

“红毛”是当时人们对外国人的蔑称,而那些给“红毛”做西服的裁缝就被称为“红帮”裁缝。

上海的红帮裁缝最早从他们所服务的英国人那里认识到了萨维尔街的审美。

后来美国人来了之后,红帮裁缝又对常春藤风格有了感性的理解。

而当工业制衣在这些发达国家变得盛行起来时,红帮裁缝又将其重心转移至日本,

亚洲各地,最终回到了中国本土的顾客。

可能全世界其他地区的裁缝都没有像上海红帮裁缝一样,

在这么短的时间里见证了如此多风格与品位的更迭,又经历了如此多的沧桑变革。

 

Through decades of war and turbulence, few descendants of the Red Gang tailors from the period remained,

and the most famous and consistent of which is W.W. Chan & Sons,

a tailoring family that begin in Shanghai and is now operating primarily in Hong Kong and Shanghai.

Born in 1922, the founder of W.W. Chan, Chan Wing Wah left his hometown in Ningbo to apprentice in a Shanghai tailor shop at the age of 14.

Later when China was engulfed in civil war,escaping the social upheaval as well as following the footsteps of his customers,

W.W. Chan left for Hong Kong.

Taking his craft with him and working with his son, Peter Chan, the house of WW Chan & Sons was founded in the 1950’s,

and has since served the region for over half a century.

 

いくつもの戦争や混乱を経て、いくつかのレッドギャングのテーラーたちは今も残っており、

その中でもっとも有名なのが上海で始まったW.W. Chan&Sonsであり、現在は主に香港と上海で運営をしています。

1922年に生まれたW.W.Chanのファウンダーであるチャン・ウィン・ワーは、

14歳のときに上海のテーラーショップに弟子入りするため、故郷である寧波市を離れました。

後に中国が内戦に巻き込まれたとき、社会の変化から逃れ、そしてお客様達に着いて行くため、

W.W. Chanは香港に移ったのです。

技術を持ち寄り、彼の息子ピーター・チャンとともに働きながら、

のちに半世紀以上も続くW.W. Chan & Sonsの基礎が1950年代に完成したのです。

 

经过数十年的战争与动乱,只有少部分红帮裁缝传承至今,其中最为著名且始终如一的是W.W. Chan & Sons。

这家从上海起源的裁缝世家,如今主要在香港和上海经营。

W.W. Chan的创始人陈荣华出生于1922年,十四岁那年离开故乡宁波前往上海裁缝店学艺谋生。

随后当中国卷入内战时期,为了躲避社会的动荡,同时也是为了追随其客户的脚步,陈荣华来到了香港。

依靠着他的手艺,和他儿子Peter Chan一起于五十年代成立了W.W. Chan & Sons,自此便一直服务当地近半个多世纪。

 

110141_01_f02Left:Patrick Chu   Right:Arnold Wong

 

Today Peter Chan resides in Shanghai, and runs his tailor shop with his son Alex Chan.

Despite generating more business in Shanghai compared to Hong Kong, most foreigners came to know about W.W. Chan through their Hong Kong shop.

The current manager and head cutter Patrick Chu, learned his craft directly from Peter Chan.

For the past few years, Patrick has also been grooming his apprentice Arnold Wong.

Together they travel throughout the world, mostly to service existing customers, many of whom used to live and work in Hong Kong.

 

今日、ピーター・チャンは上海に拠点を置いていて、

息子のアレックス・チャンと自分のテーラーショップを経営しています。

上海でのビジネスの方が大きいですが、多くの外国人は香港のショップを通じてW.W. Chanを知りました。

現在のマネージャー兼ヘッドカッターであるパトリック・チューは、

ピーター・チャンから直接、彼の技を学びました。

ここ数年間で、パトリックは弟子のアーノルド・ウォンも育て上げました。

彼らは、かつて香港に住んでいたり働いていた既存のお客様へのサービスを中心に、

世界中を共に旅しています。

 

如今Peter Chan居住在上海,与他的儿子Alex Chan一起管理着裁缝店。

虽然上海店的订单比香港更多,但大多数外国人是通过香港分店了解到WW Chan的。

担任主理人,同时也是首席剪裁师的Patrick Chu是直接传承了Peter Chan手艺的衣钵。

在过去的几年里,Patrick也在不断悉心培养他的徒弟Arnold Wong。

他们一同会到世界各国去为客户提供服务,这些客户中有很多都在香港生活工作过。

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As the owner of BRIO, a shop that is known for bringing classic European,

particularly Italian sensibility in men’s style to China, I am a strong believer of authenticity.

There are many tailors in China who are able to produce good quality clothing, but WW Chan is the only Chinese tailor I admire.

They have what I considered to be the three most important elements of a true tailor, which are heritage, experience, and quality.

I am proud to be working with them in my shop in Beijing starting this year,

and encourage the readers of The Rake Japan to visit WW Chan on their next trip to Hong Kong, Shanghai, or Beijing.

 

中国におけるメンズスタイルに、イタリアを中心としたクラシックなヨーロピアンスタイルを提供する

ブリオのオーナーとして、私は常に本物を求めています。

中国には、素晴らしい質の商品を作りだせる多くのテーラーがいますが、

W.W .Chanは私が尊敬する唯一の中国人テーラーです。

彼らは、真のテーラーにとって私が最も大切だと考えている、

伝統、経験、クオリティという3要素を備えています。

今年北京にオープンした私のお店で、彼らと一緒に働けていることを誇りに思っていますし、

The Rake Japanの読者が次に香港、上海、もしくは北京を訪れる際には、

ぜひともWW Chanに足を運ぶことをおすすめします。

 

BRIO是致力于将经典欧洲款式,尤其是意大利风格带到中国的一家店铺,作为店主的我深刻地相信真实正统的风格 。

中国有很多裁缝可以制作出高水平的服装,但是WW Chan是我唯一欣赏的中国裁缝。

他们拥有我认为一家真正的裁缝铺所具备的三大要素:传承,经验,与品质。

BRIO非常荣幸地能在今年开始与其合作,

同时我鼓励The Rake Japan杂志的读者有机会可以去香港,上海或是北京拜访WW Chan。

 

*special thanks to Jolin Zhuo for providing some of the source material for composing this piece.